ゼロの世界
はじめに

ゼロの概念はインドで発見され、発明されました。
なぜならば、インドでは、すべての事象は無、つまりゼロから誕生して、無、つまり、ゼロに帰することに気づいていたからです。
お釈迦さんの仏教の基本的な教えは無(空)の概念であることは有名ですが、当時のインドに既に無の概念があったからです。
すべてはゼロから始まり、ゼロで終わるわけです。
だから、インドではゼロ(sunyam)という新しい言葉を造り、すべての数学の基本になっていたのです。
まさに、基本であるゼロの概念がなければ、数学の構造は崩れてしまいます。
そして、数学がなければ、物理学も天文学も存在し得ません。
従って、ゼロの概念がなければ、地球も太陽もすべての宇宙も存在し得ません。
まさに、ゼロの世界こそ、すべての世界の基本になっているのです。
従って、ゼロの世界を理解せずして、人間社会も理解することは出来ませんし、人間自体をも理解することは出来ません。
人間自体を追及する哲学も、ゼロの概念を理解せずして、不可能なのです。
まさに、哲学の究極の追求が『ゼロの世界』だと言っても過言でありません。


平成22年5月8日   新 田  論


第一章 「ゼロの世界」を哲学する 第五十一章 『今、ここ』と現在の交差点
第二章 超(統一)理論を哲学する 第五十二章 実現可能→実現→現実
第三章 哲学するとは内観すること 第五十三章 水平(映像)世界→垂直(実在)世界への鍵
第四章 科学する V.S. 哲学する 第五十四章 『今、ここ』を生きる鍵
第五章 ゼロ=自我がゼロ 第五十五章 はじめの「想い」
第六章 ゼロの世界=唯一の力の世界=静止の世界 第五十六章 はじめの「想い」の正体
第七章 ゼロの世界=喜怒哀楽の無い世界 第五十七章 固定観念という壁
第八章 ゼロの世界 & 永遠の世界 第五十八章 折り返し点(特異点)
第九章 ゼロの世界=予想不可能な世界の元 第五十九章 夢の中の眠り
第十章 ゼロの世界=虚時間の世界 第六十章 一日の人生の折り返し点
第十一章 人間原理 第六十一章 生きる理解=死の理解の鍵
第十二章 見える世界 & 見えない世界 第六十二章 生きる鍵
第十三章 水平世界 & 垂直世界 第六十三章 死ぬ鍵
第十四章 境界のない世界 & 境界のある世界 第六十四章 死ぬ証明
第十五章 最後の素数 第六十五章 一日=一生の一瞥
第十六章 永遠に見えない(観測できない)最後の素数 第六十六章 輪廻転生説 V.S.記憶喪失症
第十七章 主観 & 客観 第六十七章 背中合わせの生と死
第十八章 無い=実在 & 有る=映像 第六十八章 忘れ去られた死の人生(位相)
第十九章 人間原理 & 犬原理 & 猫原理 第六十九章 好いとこ取りの相対一元論の発生原因
第二十章 『今、ここ』=垂直世界 & 過去・現在・未来=水平世界 第七十章 好いとこ取りの相対一元論の正体
第二十一章 過去・(現在)・未来の映像世界 第七十一章 誕生・生・死は地球の相転移現象
第二十二章 『今、ここ』が本当の時間 第七十二章 知らないことに怯える人間
第二十三章 寝ても起きても夢(映像)のいわゆる現実 第七十三章 二元論の世界を理解する鍵
第二十四章 最後の最後の素数 第七十四章 生・死二元要因の正体
第二十五章 夢に気づく=目が覚める 第七十五章 実在宇宙 & 映像宇宙
第二十六章 夢に気づく=目が覚める=意識する 第七十六章 観測できない宇宙 & 観測できる宇宙
第二十七章 割り切り不能力=潜在能力 第七十七章 実在宇宙と映像宇宙の乖離
第二十八章 科学・宗教は自己矛盾の極み 第七十八章 乖離=『今、ここ』
第二十九章 科学 & 哲学 第七十九章 『今』 & 『ここ』
第三十章 潜在能力の正体 第八十章 静止する時間
第三十一章 特異点の正体 第八十一章 自分ひとりだけの実在世界
第三十二章 遠い宇宙観から高い(深い)宇宙観へ 第八十二章 光は暗闇の不在概念が真理
第三十三章 水平宇宙観 第八十三章 はじめに暗闇ありき=宇宙の話
第三十四章 垂直宇宙観 第八十四章 はじめにことばありき=人間社会の話
第三十五章 垂直宇宙観=『今、ここ』の宇宙 第八十五章 暗闇の実在性
第三十六章 最後の素数=最後の未来=死 第八十六章 光の欺瞞性
第三十七章 科学者=不完全な知性の持ち主 第八十七章 二律背反 & 補完
第三十八章 宗教者=科学者=不完全な知性の持ち主 第八十八章 自然数の宇宙 & 素数の宇宙
第三十九章 自己矛盾に満ちた学問 第八十九章 有限の宇宙 & 無限の宇宙
第四十章 必然性 & 偶然性 第九十章 二つの宇宙
第四十一章 すべてが偶然 第九十一章 鏡の中の宇宙
第四十二章 宗教・科学では真理を見出すことはできない 第九十二章 実在と鏡の正体
第四十三章 宗教・科学はしょせん主観 第九十三章 鏡の中の自分=自我意識(エゴ)
第四十四章 不可能とは可能の不在概念 第九十四章 誰でもわかる宇宙
第四十五章 すべてが可能な実在の世界 第九十五章 誰でもわかる実在宇宙 & 科学者しかわからない映像宇宙
第四十六章 予想可能=実現不可能 第九十六章 円回帰運動 & 振り子運動
第四十七章 予想不可能=実現可能 第九十七章 円回帰運動する実在静止点
第四十八章 『今、ここ』を構える 第九十八章 振り子運動する映像運動線
第四十九章 連想 & 集中 & 無心 第九十九章 自覚 対 錯覚
第五十章 映像宇宙 & 実在宇宙 第百章 ゼロの世界を認識する


おわりに

ゼロの世界こそ、すべての世界の基本になっているのです。
従って、ゼロの世界を理解せずして、人間社会も理解することは出来ませんし、人間自体をも理解することは出来ません。
人間自体を追及する哲学も、ゼロの概念を理解せずして、不可能なのです。
まさに、哲学の究極の追求が『ゼロの世界』だと言っても過言でありません。
という件で、『ゼロの世界』を書きはじめました。
そして、
その結論は、
わたしたち人間の殆どは逆さまに生きてきたという事実です。
逆に言えば、
正さまに生きてきた人間も稀に出現したけれども、逆さまに生きてきた大半の人間たちには理解してもらえなかったという事実です。
まさに、
イエス・キリストはその典型でしょう。
逆に言えば、
イエス・キリストが正さまに生きてきた人間であり、キリスト教徒は逆さまに生きてきた人間であったという事実でしょう。
そのことを見事に証明しているのが、キリスト教会にあるイエス・キリストの十字架像に他なりません。
つまり、
逆さまに生きてきた大半の人間は、正さまに生きてきた稀な人間を逆さまであると錯覚してきた歴史なのです。
そして、
逆さまに生きてきた大半の人間にとっては、
夜眠りに就く瞬間(とき)

絶対性の死
そして、
朝眠りの中の夢から覚めた瞬間(とき)

=相対性の死であったのです。
一方、
正さまに生きてきた稀な人間にとっては、
朝眠りの中の夢から覚めた瞬間(とき)

絶対性の死
そして、
夜眠りに就く瞬間(とき)
=相対性の死であったのです。


平成22年9月11日   新 田  論