第十九章 はじめにおわりがある意味

はじめなどそもそもない
おわりもそもそもない。
まさに、
はじめもおわりもそもそもない。
では、
この真理は一体何を示唆しているのでしょうか?
言葉ができるようになった純真無垢な子供に訊いてみるがよい。
「『死ぬ』って知っている?」
「???????????」と返事するでしょう。
「『はじめとおわりがある』って知っている?」
「????????????????????」と返事するでしょう。
まさに、
純真無垢な人間の子供やその向こう側にいる自然社会の生きものにとって、『死ぬ』や『はじめとおわりがある』といった概念はおろか、その類の観念すらないのです。
そのとき、智恵ある親だったら、子供にこう教えるべきです。
「『死ぬ』ことと『生きる』ことは同じだよ!」
「『はじめとおわりがある』は『はじめにおわりがある』と同じだよ!」
そうしたら、その後のその子供は、
死ぬことはよくないことではなく、死ぬ=生きるという概念と観念で生きることになるでしょう。
はじめとおわりがあるのではなく、はじめにおわりがあるという概念と観念で生きることになるでしょう。
では、
そのような時代が一体いつやって来るのでしょうか?