第七章 亡霊

死んだ霊を亡霊といいます。
変な話です。
霊自体が死んだ代物なのに亡霊というのは、頭痛が痛いと言っているのと同じ錯覚に他なりません。
では、
霊はこの世に存在しているのでしょうか。
そうでないと、
死んだ霊を亡き霊(亡霊)と言わないでしょう。
では、
この世に存在する霊とは一体何者なのでしょうか。
更に、
この世に存在する霊も足が無いのでしょうか。
そこで、
足の無い霊とは、肉体の大半を占める水分(水という液体としての分子化合物H2O)が蒸発して、大気中に浮かんでいる状態(水蒸気という気体としての分子化合物H2O)と言いましたが、肉体内部で水蒸気の状態とは可能なのでしょうか。
そこで、
分子化合物H2Oが水という液体の状態を維持する条件は、その温度が摂氏0度から摂氏100度の間で、摂氏100度を超えて水蒸気という気体になり、逆に摂氏0度を下回ると氷という固体になります。
ところが、
摂氏0度から摂氏100度の間でも、水という液体から水蒸気という気体に徐々に変ります。
従而、
生きている肉体の内部の水分も気体に変ることはあります。
では、
どういう状態になったらそうなるのか。
ここが今回のテーマの鍵に他なりません。
そこで、
分子化合物H2Oが水という液体の状態を維持する条件は、その温度が摂氏0度から摂氏100度の間なのですが、人間の肉体の体温は35度から42度の間で、平均は37度ですから、肉体の内部の水分の温度も37度が平均です。
ところが、
体調の変化によって、35度と42度の間で変化するが、この領域を超えると死にます。
すなわち、
人間の場合、体温が35度以下になっても、42度以上になっても死にます。
言い換えれば、
35度以下になれば、固体の氷への相転移現象がはじまり、42度以上になれば、気体の水蒸気への相転移現象がはじまり、いずれにしても死にます。
まさに、
病気になって高熱になると、地に足がしっかりつかず、浮かれた感じになる現象は、肉体の大半を構成する水分の一部が蒸発して液体から気体に変っている状態を示しているわけです。
まさに、
死の実相は、生そのものの中に厳然と実在しているものに他ならない証左です。
そういう観点では、霊というものが亡くなることこそ死であり、亡霊の意味はその点では適切であるわけです。