第六章 幽霊の化けの皮を剥ぐ情報化社会

足の無い幽霊とは、夢を見ている鑑賞者としての自分に他ならなかったのです。
足の無い幽霊とは、白昼夢を見ている鑑賞者としての自分に他ならなかったのです。
つまり、
“自分は・・・”と普段思っている、意識、想い、心といったいわゆる魂が、肉体が死ぬことによって得た欠落感が、足の無い幽霊のようになって大気中をふわふわしている感触に他ならないのですが、その原因は肉体の大半の水分(分子化合物H2O)が蒸発して大気中をふわふわしていることにあるわけです。
従而、
肉体は死んでも魂は永遠不滅である、と主張する輪廻転生説は間違いであることが証明されたことになります。
なぜなら、
“自分は・・・”と普段思っている、意識、想い、心といったいわゆる魂は、肉体が死ぬことでしか生じない欠落感が、その正体だからです。
平たく言えば、
肉体が死ぬから魂が死ぬのです。
逆に言えば、
肉体が死ななければ魂も死なないのです。
更に逆説的に言えば、
魂が生きているのに肉体が死ぬことなど不可能なのです。
更に更に逆説的に言えば、
肉体が死んでいるのに魂だけが生きていることなど、馬鹿げて開いた口が塞がらないわけです。
まさに、
輪廻転生説とは、肉体が死んでいるのに魂だけが生きているという、馬鹿げて開いた口が塞がらない考え方の証左です。
ましてや、
この証明の後押しをしてくれている昨今のニュースがある。
第十四世ダライ・ラマが、これまでダライ・ラマの魂は新しい肉体に輪廻転生して、この世に生き続けてきたことを否定した。
その理由は、中国政府が第十五世ダライ・ラマの候補者を用意したことに対する対抗策にあった。
中国政府に反抗し続けてきた第十四世ダライ・ラマが、いつあの世に逝ってもおかしくない高齢になってきたのを利用して、次のダライ・ラマを傀儡に仕立てあげるのが中国政府の狙いであったからです。
この事実は一体何を意味しているのでしょうか。
ダライ・ラマも中国政府も輪廻転生説など端から信じていない証明に他ならないことを意味しているのです。
やはり、
21世紀の高度情報化社会ゆえに、語るに落ちて化けの皮が剥がれた真理の証明に他なりません。