第四章 欠落感は“Ego”の大敵

死んだ後の感覚とは、欠落の感覚に他なりません。
まさに、
死の恐怖の正体である消滅の恐怖とは、欠落感に他なりません。
では、
欠落感がなぜ恐怖にわたしたちは思うのでしょうか。
まさに、
砂上の楼閣という格言が、欠落感を言い得ているでしょう。
まさに、
土台の無い家のような感じが欠落感の正体に他なりません。
言い換えれば、
地に足が着いていない感覚と言ってもいいでしょう。
まさに、
死後の世界にいる幽霊には足がない所以がここにある。
まさに、
死んだ後の感覚が、足のない幽霊の欠落感に他ならない証である。
では、
足のない幽霊の正体は一体何でしょうか。
そこで、
生命とは一体何か。
地球という星に生命体がある所以は、地球には水があるからです。
まさに、
生命体にとって水が必要不可欠の物質である。
現に、
わたしたちの肉体の70%から80%が水分で構成されている。
そして、
死ぬと肉体の大半を占める水分は蒸発して大気中に溶け込んでしまいます。
まさに、
肉体の一部としての液体の水分である間は、地に足が着いているのに、死ぬと液体の水分は気体の水蒸気として大気中に浮いてしまう結果、地に着く足を失ってしまうこの感覚こそ、欠落感の正体に他なりません。
まさに、
死んだ後の感覚である欠落感の正体は、肉体の大半を占めている物質である水分(分子化合物HO)が、液体である水の位相から気体である水蒸気の位相に転移する相転移現象の際の感覚に他ならないわけです。
従って、
死んだ後の感覚である欠落感は、決して恐怖に思うような悪い感覚ではないのです。
たとえて言うなら、
冬が終わって春がやってくると、冬の重い服装から春の軽い服装に衣替えしたときの、爽快感、軽快感の感覚こそ、死んだ後の感覚である欠落感の正体に他ならないのです。
では、
爽快感、軽快感といった肯定的な感覚が、欠落感といった否定的なものにわたしたちは感じるのでしょうか。
まさに、
否定的なものに感じるわたしたちの正体こそ“Ego”に他ならず、“Ego”が否定的なものに感じるものこそ、一番大事なものなのです。