第三十四章 革命的気づき

死を忌み嫌うことこそ、われわれ人間最大の錯覚だった。
まさに、
死こそ、この世に生を受けた生きものにとって、最大の恩恵に他ならなかったのです。
そして、
この真理に気づくために、われわれ人間は、死の不在概念としての生を生きてきたのです。
まさに、
病気の実在性に気づくために、病気の不在概念としての健康を追いかけてきたのが、その証明に他なりません。
現に、
病気になり病気から解放されてはじめて健康の有り難さがわかるように、健康は病気の不在概念であるわけです。
従って、
死に直面して死から解放されてはじめて生の有り難さがわかるわけで、生は死の不在概念であるわけです。
ところが、
死の存在を知った唯一の生きものである、わたしたち人間の大人は、死を忌避して生きてきたのです。
まさに、
わたしたち人間の大人だけが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれた一生を送る羽目に陥っている所以に他なりません。
詰まるところ、
人生における悩みや四苦八苦とは、最期の死に怖れ慄く前触れに他ならないことがわかるのです。
従って、
悩みや四苦八苦の多い人生を歩んだ人ほど、最期の死にも怖れ慄くことになるのが道理となるわけです。
逆説的に言えば、
悩みや四苦八苦の少ない人生を歩んだ人ほど、最期の死にも怖れ慄くことがないのが道理となるわけです。
従って、
最期の死に際して怖れ慄くことがないようにするためには、ふだんから、悩みや四苦八苦の少ない人生を歩むようにしなければならないのです。
まさに、
ニワトリが先か?
タマゴが先か?
の論理に他ならないわけです。
そしてその答えは、
どちらでもいいのです。
従って、
最期の死に際して怖れ慄くことがないように生きることが、悩みや四苦八苦に苛まれない人生に他ならないのです。
まさに、
革命的気づきに他なりません。