第三十三章 時間の概念の罠

過ぎ去った過去の出来事は既知。
未だ来ぬ未来の出来事は未知。
その正反対の出来事の狭間にあって、現に在るという訳のわからないのが現在。
そして、
過去→現在→未来へと一方通行で流れるのが、時間の概念。
この事実はおかしいと思いませんか?
過去と未来の狭間にある現在が、過去でもあり、未来でもあると云う。
現に、
現在は最も近い過ぎ去った過去の既知の出来事であり、
且つ、
現在は最も近い未だ来ぬ未来の未知の出来事でもある。
まさに、
現に在るという現在の概念が矛盾も甚だしい証明に他なりません。
現に、
過去→現在→未来へと一方通行で流れるのが、時間の概念。
本当なら、
過去→『今、ここ』→未来へと一方通行で流れるのが道理のはずです。
まさに、
新幹線に乗っている自分の立つ位置が『今、ここ』に他ならないのに、窓のカーテンを開けることによって見える窓外の景色を現在(いわゆる現実)と同化してしまった結果に他なりません。
まさに、
映画館で映画鑑賞している自分の座る位置が『今、ここ』に他ならないのに、舞台の白いスクリーンに映っている映画を現在(いわゆる現実)と同化してしまった結果に他なりません。
そして、
この同化作用が、夢(映画)といわゆる現実の同化作用に他ならないのです。
そして、
昼間起きている世界を、いわゆる現実と信じ込んでいることこそ、錯覚以外の何者でないことを、自覚していないわれわれ人間は、一体何者なのでしょうか?
現に、
生まれて自我に目覚めて以来、何万回(何万日)も眠ってきた夢の中で、いわゆる現実と信じ込んでいたものが、朝目覚める度に夢だったことに気づいてきたのにです。
まさに、
時間の概念を持ったわれわれ人間だけが嵌った罠に他ならなかったのです。