第三十二章 唯一理解可能なのは最期の死だけ

過ぎ去った過去の出来事は既知です。
未だ来ぬ未来の出来事は未知です。
その正反対の出来事の狭間にあって、現に在るという訳のわからないのが現在という概念です。
そして、
過去→現在→未来へと一方通行で流れるのが、時間の概念に他なりません。
更に、
われわれ人間の一生、すなわち、人生は、過去→現在→未来へと一方通行で流れるこの時間の概念に支配されているのです。
逆に言えば、
われわれ人間は、過去→現在→未来の流れを変えることはできないのです。
言い換えれば、
われわれ人間は、自分の人生をどうすることもできないのです。
まさに、
拙著『神はすぐ傍』で主張したように、われわれ人間にとって「時間」が、まるで「神」のような存在に他ならない証左です。
しかし、
問題は概念です。
時間の概念は、われわれ人間がつくったものであって、自然社会にも地球にも宇宙にも、時間の概念などありません。
そうしますと、
われわれ人間は、自分たちが勝手につくった概念(考え方)に縛られて生きていることになります。
言い換えれば、
自縄自縛の人生を送っているのが、われわれ人間ということになります。
では、
われわれ人間が、自分自身望まないような現実を受けることになぜなるのでしょうか?
まさに、
生の中で生は理解不可能だからです。
一方、
生の中で死は理解可能だからです。
では、
この事実は一体何を意味しているのでしょうか?
まさに、
われわれの人生にとって、唯一理解可能なのは、最期の死だけだったのです。