第三十一章 理解不可能だらけの人生

生の中で生は理解不可能である。
一方、
生の中で死は理解可能である。
更に、
生の中で死は経験不可能である。
そして、
死の中で生は経験不可能である。
まさに、
これらの事実は一体何を意味しているのでしょうか?
まさに、
生きている中で確かなのは死だけという事実です。
更に、
生きている中で確かなのは死だけという真実です。
更に、
生きている中で確かなのは死だけという真理です。
そして詰まる処、
生きている中で、事実・真実・真理を一貫しているのは死だけという実在です。
ところが、
われわれ人間は、せっかく死の実在を知って晴れて大人になったにも拘わらず、せっかく知った死を忌避して生きているのです。
そして、
われわれ人間の大人だけが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる一生を生きているのです。
一方、
死の実在を知らない、われわれ人間の子供や、更に、その向こう側にいる、自然社会の生きものたちは、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に無縁の一生を生きているのです。
どこか間違っていると思いませんか?
せっかく知った死を、自分の一生(人生)に上手く使うどころか、下手に使っているのではないでしょうか?
実は、
知るということは好いことではないのでしょうか?
まさに、
ここのところをはっきりしておかないから、理解不可能だらけの人生になっているのです。