第三十章 理解不可能な生

死んだあと、一体どうなるのでしょうか?
これだけは、生きている限り、絶対にわからない。
言い換えれば、
死だけは、経験してみないとわからないのです。
まさに、
死は、生きている者にとっては、絶対に経験できないのです。
逆に言えば、
生は、死んだ者にとっては、絶対に経験できないのです。
ところが、
生の中で死は理解可能だと前章で述べました。
では、
生の中で生は理解可能なのでしょうか?
まさに、
生の中で生は理解不可能なのです。
なぜなら、
夜の眠りの中での夢は現実なのに、眠りから覚めると夢だったと理解できるのに対して、昼間の覚醒の中での現実が夢だとまだ気づいていないからです。
つまり、
夜の眠りの中で現実だと思い込んでいたものが実は夢だったと、毎朝思い知らされているにも拘わらず、昼間の覚醒の中で現実だと思い込んでいるものも夢に違いないことに気づかないでいるのです。
そうすると、
毎日一体何時何処でどうやって夢と現実が入れ替わったのでしょうか?
そうでないと、
夜の眠りの中で夢を観るわけがありません。
なぜなら、
昼間の覚醒の中で現実だと思ったままでいるわけですから。
どうやら、
夜眠りに就く前後で入れ替わったであろうことは、容易に想像できます。
なぜなら、
朝眠りから覚める前後で、現実だと思っていたものが夢であったことに気づいているのですから。
つまり、
夢から現実に入れ替わっているのですから。
ところが、
夜眠りに就く前後で、現実から夢に入れ替わった記憶が一切ないわけです。
まさに、
生の中で生は理解不可能である証明に他なりません。