第二十九章 理解可能な死

死んだあと、一体どうなるのでしょうか?
これだけは、生きている限り、絶対にわからない。
言い換えれば、
死だけは、経験してみないとわからないのです。
まさに、
死は、生きている者にとっては、絶対に経験できないのです。
逆に言えば、
生は、死んだ者にとっては、絶対に経験できないのです。
まさに、
肉体は滅びても、魂は永遠に生き続けるなどという馬鹿げた輪廻転生の考え方など、
絶対不可能なことの証明に他なりません。
なぜなら、
生の世界と死の世界の間には、三途の川に掛っている橋などないし、三途の川そのものもないからです。
まさに、
生と死は二元論を成し、死が実在し、生は死の不在概念に過ぎない、補完関係に他ならないからです。
平たく言えば、
生の世界と死の世界は、別々に存在し得るものではないからです。
まさに、
お互い補完し合う、という意味に他なりません。
従って、
幸福の世界と不幸の世界は、別々に存在し得るものではありません。
金持ちの世界と貧乏の世界は、別々に存在し得るものではありません。
健康の世界と病気の世界は、別々に存在し得るものではありません。
天国と地獄は、別々に存在し得るものではありません。
神と悪魔は、別々に存在し得るものではありません。
そして、
生の世界と死の世界は、別々に存在し得るものではありません。
逆に言えば、
死の不在概念に過ぎない生の世界は理解不能な世界であるのに対して、実在する死の世界は理解可能なのである。
まさに、
生の世界と死の世界は別々に存在し得るものではないゆえに、二元論世界である証左に他なりません。