第二十六章 唯心論(相対論)・唯物論(量子論)を超える理論

唯物論派である量子論と唯心論派である相対論が二律背反する限り、勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することはない。
言い換えれば、
生を追い求め、死を忌み嫌いながら生きていく限り、勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することはないのです。
一方、
唯物論派である量子論と唯心論派である相対論が補完し合わない限り、勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することはない。
言い換えれば、
死が実在して、生はしょせん死の不在概念に過ぎない、という真理を理解しない限り、勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することはないのです。
そして、
死が実在して、生はしょせん死の不在概念に過ぎない、という真理を理解すると、 勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することが可能になります。
そして、
勘違いの唯心・唯物二元論から脱却することが可能になることこそ、唯心・唯物二元論を超えることに他ならないのです。
まさに、
二元論の罠(勘違いの二元論)に嵌らないための唯一の方策が、二元論の真理(本質)を理解することです。
更に、
二元論の真理(本質)を理解することが、二元論を超えることに他ならないのです。
まさに、
死が実在して、生はしょせん死の不在概念に過ぎない、という真理を理解することこそ、唯心・唯物二元論を超えることに他ならないのです。
そして、
実在する死と、死の不在概念である生で構成される生・死二元論を超えることによって、実在性を持つ死を本当に理解することができるようになるのです。