第二十三章 本質=真理

死の本質とは、死の真理を理解することに他ならない。
まさに、
本質とは真理の理解に他ならない。
従って、
実体・現象・本質を論理展開する西洋的弁証法は、真理の理解への論理的展開に他ならないのです。
言い換えれば、
実体・現象・本質を論理展開する西洋的弁証法は、東洋世界における悟りへの論理的展開に他ならないのです。
まさに、
東洋哲学に対する西洋哲学こそ、科学の本質に他ならない証左です。
言い換えれば、
東洋哲学が形而上学的であるのに対して、西洋哲学が形而下学的である所以がここにあるのです。
まさに、
哲学が嘗て学問の総称であった所以が、形而上学的だけではなく形而下学的でもある点なのです。
なぜなら、
学問(哲学)の一つに過ぎなかった科学が、学問(哲学)を駆逐したのは、近代に入って西洋哲学が形而下学的に走り過ぎたからです。
平たく言えば、
森の中の一本の木が森を支配するようになったのは、一本の木に余りにも執着し過ぎた結果、森という全体像を見失ったからです。
まさに、
科学者の正体は、オタク馬鹿に他ならない。
そして、
オタク馬鹿が、実体を見失い、現象ばかりに捉われた結果、本質(真理)の追及を忘却してしまったのです。
まさに、
実体・現象・本質の本質とは、真理そのものに他ならないのです。