第十五章 生=死 & 生≡死

生・死二元論の生と死は表裏一体関係にある。
すなわち、
生=死である。
更に、
生・死二元論の死が実在で、生は死の不在概念で、且つ、生と死は補完(表裏一体)関係にある。
すなわち、
生≡死である。
言い換えれば、
生と死は超えて等しい。
では、
生=死と生≡死では一体何処が違うのか。
まさに、
生=死とは、振り子運動する両端が生と死であることを意味している。
すなわち、
生と死は対立関係にあることを意味している。
一方、
生≡死とは、円回帰運動する始点と終点が生と死であることを意味している。
すなわち、
生と死は、死が実在で、生は死の不在概念で、且つ、生と死は補完関係にあることを意味している。
では、
振り子運動における生=死と、円回帰運動における生≡死では一体何処が違うのか。
まさに、
振り子運動における生=死では、生→死→生→死→・・・・の繰り返し(往復)運動をしますが、生という一方の端と、死という他方の端は、同じ振り子の先端に変わりはないが位置は正反対を示しています。
言い換えれば、
振り子運動における生=死では、生と死は共に実在し、生と死は二律背反関係にある。
一方、
円回帰運動における生≡死では、誕生(始点)→生(円周)→死(終点)で円運動を完結する、すなわち、死(終点)が実在する点で、誕生(始点)は生(円周)という死の不在概念に過ぎない線のはじまりに過ぎないことを示しています。
言い換えれば、
円回帰運動における生≡死では、死が実在で、生は死の不在概念に過ぎず、且つ、生と死は補完関係にある。
まさに、
円回帰運動における生≡死では、誕生=始点と死=終点の間に、生きる生としての円周が介入し、生きる生としての円周を経験した上の、誕生=始点と死=終点を超える意味があるのです。
言い換えれば、
わたしたち人間の大人の人生では、人生のはじまりである誕生のあとに、生・死二元論的生き方をする過程が嵌めこまれていて、そして晴れて、人生のおわりである死を迎えるようになっているのです。
まさに、
生と死を超える意味での生≡死に他ならない。
なぜなら、
わたしたち人間は、未だ来ぬ未来の最期に死が待ち受けていることを知った瞬間(とき)に、自然社会(野生)の生きものや人間の子供が生きている生・死一元論世界(始点)から、生・死二元論世界の大人の世界に入ったからです。