第十三章 すべてを超える

わたしたちは、生・死に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
そして、
この事実(いわゆる現実)は間違っている。
従って、
生・死に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
そして、
この真理を理解できた瞬間(とき)、生・死を超えることができる。
なぜなら、
その瞬間(とき)、生・死に拘わらずの自分がそこにいるからである。
まさに、
わたしたちは、生・死に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
言い換えれば、
わたしたちは、健康・病気に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
言い換えれば、
わたしたちは、金持ち・貧乏に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
言い換えれば、
わたしたちは、神・悪魔に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
言い換えれば、
わたしたちは、天国・地獄に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っている。
そして、
わたしたち人間社会は、支配者(皇帝、天皇、国王、政治家、高級官僚・・・)・被支配者(奴隷、大衆、国民・・・)に拘わらず、恩恵を追い求め、恐怖を忌み嫌っているのである。
そして、
この事実(いわゆる現実)は間違っているのです。
従って、
生・死に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
健康・病気に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
金持ち・貧乏に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
神・悪魔に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
天国・地獄に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
そして、
わたしたち人間社会は、支配者(皇帝、天皇、国王、政治家、高級官僚・・・)・被支配者(奴隷、大衆、国民・・・)に拘わらず、恐怖が実在で、恩恵は恐怖の不在概念であるのが真理である。
そして、
この真理を理解できた瞬間(とき)、すべてを超えることができるのです。
なぜなら、
その瞬間(とき)、すべてを超えた自分がそこにいるからです。