第十一章 生の恩恵=死の恐怖 & 死の恩恵=生の恐怖

わたしたち人間は、生きることに執着し、死の恐怖に怯えています。
まさに、
生(生きる)に対する二重の錯覚こそ、裏を返せば、死(死ぬ)に対する二重(二種類)の恩恵に他ならなかった証明である。
そこで、
生(生きる)に対する二重の錯覚を裏返していきましょう。
先ず、
実在と錯覚している生(生きる)と、生(生きる)の不在概念と錯覚している死(死ぬ)を裏返して、死(死ぬ)が実在で、生(生きる)は死(死ぬ)の不在概念と捉えてみると、一体どうなるでしょう。
では、
実在と信じて止まない生(生きる)とは一体どういうことでしょうか。
まさに、
生(生きる)とは動いている(運動している)ことに他なりません。
従って、
動いている(運動している)ことが実在している、ということになります。
ところが、
動いている(運動している)ものはすべて映像であることは明白である。
なぜなら、
動いている(運動している)とは、二点間の移動を意味しているからで、二点を同時に実在することは不可能だからです。
まさに、
生(生きる)を実在と信じて止まないことは間違い(錯覚)であることの証明に他なりません。
次に
対立要因と錯覚している生(生きる)と死(死ぬ)を裏返して補完要因と捉えてみると、一体どうなるでしょう。
では、
生(生きる)と死(死ぬ)が対立要因とは一体どういうことでしょうか。
まさに、
生(生きる)と死(死ぬ)が振り子運動をしている、ということになります。
まさに、
右端の生(生きる)と左端の死(死ぬ)の間を往復運動している、ということになります。
では、
往復運動の振り子運動を裏返すと、どうなるでしょうか。
まさに、
誕生という始点から死という終点までの円回帰運動になります。
まさに、
誕生(始点)=死(終点)の間を円運動する円周こそ、生(生きる)に他なりません。
まさに、
誕生(始点)=死(終点)が実在で、生(生きる=円周)は誕生(始点)=死(終点)の不在概念に過ぎない証明に他なりません。
まさに、
生(生きる)と死(死ぬ)は補完要因であることが真理である証明に他なりません。
畢竟、
生の恩恵=死の恐怖が真理に他ならないのです。
畢竟、
死の恩恵=生の恐怖が逆真理に他ならないのです。