第一章 記憶のはじまり

記憶を辿っていくと、明確に憶えている記憶は、6歳の春の幼稚園入学式があって、お寺であった幼稚園の昔風の玄関に先生らしき女性が立っていて、“結んで、開いて、手を打って・・・”と謳っている光景が、自己の最古の映像とサウンドの記憶で、その直後に“自分”がいよいよ登場するが、どうも同じ舞台ではなく、なんとなく鑑賞者のような立場にいる。
今から考えれば、眠りの中で見る夢の鑑賞者としての自分と同じ感覚だった。
ところが、よくよく記憶装置の隅っこをほじくっていくと、薄ぼんやりの光景とサウンドが残っていることがわかる。
母親のタラチネを吸っている自己が、やはり鑑賞者としている。
“40歳で産んだ子だから、おっぱいがもうこんなにしぼんでいて、充分にお乳をあげられないこの子が不憫だ・・・”という母親の台詞を聞いている自己が、やはり鑑賞者としている。
従って、
0歳から1歳の頃の記憶が薄ぼんやりと残っていたようです。
更には、
自分が魚のように泳いでいる、ほとんど映像もサウンドもはっきりしない光景にぶつかる。
この記憶は、たぶん、母親の胎内の羊水(海水と同成分)の海を泳いでいる胎児の自己の記憶と思われます。
詰まる処、よくよく追い詰めていくと、自己の記憶は受精と同時にはじまっていたことがわかってくる。
まさに、
記憶は階層構造になっているようで、意識と対を成していることがわかってきます。
従って、
過ぎ去った過去の出来事はまさしく既知だったのです。
言い換えれば、
記憶の結晶化をしない限り、過ぎ去った過去の出来事は、すべて既知とは言えないわけです。
他方、
未だ来ぬ未来の出来事は、すべて未知ではない。
なぜなら、
人生の最期、すなわち、未だ来ぬ未来の最期の出来事である死は、まさしく既知だったからです。
従って、
未だ来ぬ未来の出来事は、すべて未知とは言えないわけです。
この事実は一体何を意味しているのでしょうか。
まさに、
わたしたちの今までの常識は常識ではなかったのです。
そして、
今までの常識の基底にあったのは、死の誤解に他ならなかったのです。