はじめに

過ぎ去った“過去”の出来事は既知です。
未だ来ぬ“未来”の出来事は未知です。
では、
現に在る“現在”の出来事は既知でしょうか?それとも未知でしょうか?
既知でも未知でもなく、実在です。
そして、
既知は唯一ではなく、未知も唯一ではなく、実在だけが唯一です。
では、
唯一実在するような代物とは一体何でしょうか?
まさに、
死なのです。
そんな死をわれわれは忌み嫌って生きています。
では、
そんなに忌み嫌う死とは一体何者なのか明確に答えられる人がいるでしょうか?
では、
ひとつ一つじっくりと「死について」考えてみましょう。

2014年年9月17日 木村順治


第一章 記憶のはじまり
第二章 忘却が死の誤解を生んだ
第三章 消滅の恐怖=欠落感
第四章 欠落感は“Ego”の大敵
第五章 幽霊の正体
第六章 幽霊の化けの皮を剥ぐ情報化社会
第七章 亡霊
第八章 見える死 & 見えない死
第九章 見える映像 & 見えない実在
第十章 二種類の死の恩恵
第十一章 生の恩恵=死の恐怖 & 死の恩恵=生の恐怖
第十二章 生死を超える
第十三章 すべてを超える
第十四章 二元論世界
第十五章 生=死 & 生≡死
第十六章 二元論世界=死を知る世界
第十七章 自他二元論 & 自分一元論
第十八章 自分一元論→自他二元論→自他三元論
第十九章 孤高→対立→補完→超越
第二十章 二元論対立観が死の理解を阻害した
第二十一章 二元論補完感が死の理解を促す
第二十二章 死の本質=真理の理解
第二十三章 本質=真理
第二十四章 唯物・唯心二元論
第二十五章 相対論と量子論の違い
第二十六章 唯心論(相対論)・唯物論(量子論)を超える理論
第二十七章 生死を超える=死を理解する
第二十八章 超えることのできるのは死だけ
第二十九章 理解可能な死
第三十章 理解不可能な生
第三十一章 理解不可能だらけの人生
第三十二章 唯一理解可能なのは最期の死だけ
第三十三章 時間の概念の罠
第三十四章 革命的気づき
第三十五章 再現ドラマの人生


おわりに

死を知ったわれわれ人間の大人の人生は録画されたビデオを観るようなものです。
いまいくらルンルン(幸福)の人生を送っている人でも、死を恐れているかぎりそのルンルン(幸福)は恐怖(不幸)の前触れであって、死と同じように、ある日突然襲ってくることうけあいです。
これは革命的気づきに他ならないのです。
まさに、
死を忌み嫌うことこそ、われわれ人間最大の錯覚だったのです。
"おぎゃ!"と生まれてからの一生で、唯一わかっていることは最期の死だけで、他のことはすべて偶然の出来事に過ぎないのです。
その唯一わかっていることに目を背けて生きている人生が充実するわけがありません。
死を忌避して生きることが、間違いの人生の最初のボタンの掛け違いに他ならなかったのです。
爾来、
われわれ人間は二重の錯覚をしたまま生きているのです。
だから、
自然社会の生きものや、われわれ人間でも純真無垢な子供のような、悩みや四苦八苦に無縁な生き方ができなくなったのです。
決してそういう生き方は不可能ではなく、悩みや四苦八苦しながら生きる方が本来おかしいのです。
イエス・キリストが言った。
“子供のように(子供ではない)ならないと、神の王国に入ることはできない”
この神の王国とは、まさに、悩みや四苦八苦に無縁な世界に他ならないのです。
自覚症状のない音痴から、先ず、自覚することが大事です。

2015年5月22日 新田論