神の追放(悪魔のすすめ)
はじめに

神とは一体どんな存在なのでしょうか?
人知を超えた存在が最も一般的な理解でしょう。
宗教の世界では、神は自分に似せて人間を創造したとよく云います。
まさに神格化とは、神の人格化と云うわけですが、現代社会においては最早稚拙としか言えません。
人知の及ばぬ世界が神の世界というならば、宇宙の中には、神の世界がそれこそ遍在するでしょう。
まさに、
神とは、
遍在している者に他ならないのです。
言い換えれば、
神とは全体に他ならない。
ところが、
宗教とは、本質的に排他的なのです。
そうでないと、宗教戦争など起こるわけがない。
つまり、
(自分たちの)神一元が、宗教の本質なのです。
ところが、
神一元の概念だけでは辻褄が合わないので、悪魔の概念をも許容せざるを得ないのです。
神の存在を絶対視する宗教が、
なぜ悪魔の存在をも許容しなければならないか?
なぜならば、
神は遍在しているからです。
平たく言えば、
神は何処にもおられるわけです。
逆に言えば、
何処にもおられるからこそ神であるわけです。
つまり、
神など何処にもいないからこそ神と云うのです。

平成22年7月27日   新 田  論


第一章 神と悪魔は背中合わせ
第二章 神も逃げたくなる人間社会
第三章 神など信じていない人間
第四章 神の個性
第五章 二一世紀には宗教が消滅する
第六章 宗教(神)=組織の原型
第七章 宗教(神)の意義
第八章 本当の宗教(神)
第九章 個人の宗教(神)
第十章 組織の宗教(神)が差別の原点
第十一章 神(教祖)=支配者側 & 信者=被支配者側
第十二章 母親の子供殺しは超格差社会が原因
第十三章 親と子の本質的な関係
第十四章 母親の妄想
第十五章 神(教祖)としての母親


おわりに

何処にもおられる遍在する神とは、
何処にもおられないということと同じです。
平たく言えば、
あなたの神とわたしの神が同じ神など決していないのです。
あなただけの神はいるでしょう。
わたしだけの神はいます。
この事実が、
宗教(信仰)という言葉を受け入れる絶対条件です。
神という言葉を受け入れる絶対条件です。
わたしたちひとり一人の人間が、この事実を真理として受け入れたときはじめて、
天皇、皇帝、国王、大統領、総理大臣、社長、父親、母親とは、神若しくは教祖の代名詞であり、
一方、
国民、奴隷、大衆、社員、子供とは、信者の代名詞になっている呪縛から解き放たれるのです。
現代人間社会がそうならない限り、母親が子供を殺す現象は、ますます、増えていくでしょう。
まさに、
既存宗教の寄って立つ神という存在を、わたしたち人間社会から追放しない限り、人類という種は最終的には共食い争いの果て、絶滅するでしょう。
その鍵を握っているのが、神が単なる不在概念に過ぎないとする、実在する悪魔の存在を如何に受け入れるかに掛かっているのです。
ただし、“悪魔”という言葉は人間が勝手に捏造した言葉であるだけで、宇宙の世界(自然社会=地球)では“本質”であることを念頭に置いての、“悪魔(本質)のすすめ”であることを指摘して〆ることにいたします。


平成22年8月10日   新 田  論