人間になった鳥

はじめに

中国の昔の有名な思想家として孔子と老子がいます。
孔子は人間の在り方を「論語」で説きました。
今でいう、倫理観といったもので、儒教という形で朝鮮半島経由日本にも入ってきて、儒教は武士道精神にも大きく影響を与えました。
一方、老子は実在の人物かどうか定かではないようですが、いわゆる「老荘思想」というものを残しました。
老子と孔子の関係は、孔子が晩年の頃に老子は青年だったという逸話が残っている程度で、高名で高齢の孔子が名も知られず若輩の老子にわざわざ会いに来たのに、老子は立っている孔子を前に座って迎えたらしい。
後日談として、孔子は弟子の孟子に、“老子という人間は礼儀も知らない危険な人物である”と言ったそうです。
老子の教えは、孔子の「儒教」に対して「道教」という名で日本に伝わり、一休さんで有名な一休禅師などは多くの道歌を残しました。

有漏ぢより 無漏ぢへかへる 一休み(ひとやすみ)

雨ふらばふれ 風ふかばふけ

一休さんの最も有名な道歌で、老子の教えの核になっている「無為自然」の生き方が示されています。
『有漏ぢ』は“うろぢ”と読みまして、俗にまみれ、エネルギーを浪費している現世のことを意味します。
『無漏ぢ』は“むろぢ”と読みまして、エネルギー浪費に気づいた現世を有意義な生き方にする、いわゆる悟りの境地のことを意味します。
人間の一生は、有漏ぢの生き方から無漏ぢの生き方へ解脱するための、ほんの短い少休止だと言っているのです。
一休さんは変わったお坊さんで、寺に祀ってある仏像を寒い冬には薪代わりに燃やしたり、暑い夏には縁側の柱に仏像を括って、『さあ、あなたも涼みなさい!』と声を掛けるような方でした。
固定観念に一切執われない生き方を実践され、お坊さん仲間でも変わり者で通っていたようです。
帝の御落胤という出自でありながら、生まれながらに仏門の道に入られ、当時権勢を誇っていた三代将軍足利義満も一目置いた程の傑僧でありました。
この一休さんが、この詩を詠んだ時に、この世には光明を得た人と、光明を得ていない人の二分類あって、光明を得ていない凡夫は一生掛かっても光明を得た人を認識出来ないものだと言われたのです。
一休さんは、イエスキリストの存在を知っておられたかどうか知りませんが、イエスキリストと当時の一般大衆との関係が、まさに光明を得た人と、光明を得ていない人との関係であり、有漏ぢと無漏ぢの関係でもあります。
イエスキリストを磔にしたのは、誰でもない一般凡夫であり、現代においてもイエスキリストのような人物が世に輩出すれば、一般大衆は再びイエスを磔にするであろうし、そして磔にした後、崇拝するのが光明を得ていない人間の性癖だと看破されているのです。
お釈迦さんが漏尽通力と言われたのが無漏ぢとするなら、まさに現世の凡夫は有漏ぢだと言えるのでしょう。
そんな現世を一休み(ひとやすみ)する境地で生きるのは、簡単なようで極めて難儀なことであります。
特に、現代世界を鑑みて見ますと、有漏ぢも極まれりの感が致します。
「老荘思想」という名が示すように、老子と荘子は師弟関係にあったと言われています。
老子自身が実在の人物かどうか定かではありませんが、荘子は間違いなく実在していました。
老子は一切の書物を書き残していないが、荘子は「虚空の船」という書物を残しているからです。
荘子の「虚空の船」という書物の中で、こんな逸話があります。
ある日の朝、荘子が憂鬱な顔をしていると、弟子のひとりが師匠の荘子に訊ねたそうです。
「師匠は、どうしてそんなに憂鬱な顔をしているんですか?」
すると師匠の荘子がこう答えました。
「昨夜、蝶々になった夢を観たんだよ・・・」
怪訝な顔をして弟子は言いました。
「蝶々になったって言っても、それは夢の話でしょ!」
そうすると荘子はますます憂鬱な表情をして、こう言いました。
「それはそうだが、問題は、人間が蝶々になった夢を観たのか、蝶々が人間になった夢を観たのか、はっきりしないんだよ・・・」
弟子は狐につままれたような表情をして、更にこう言いました。
「師匠、何を言ってるんですか!師匠という人間が夢の中で蝶々になった夢を観たのが当たり前じゃないですか!」
荘子はますます憂鬱な顔になって弟子に言いました。
「そうならいいんだが・・・はっきりしないのが問題なんだよ」

そうなんです。
わたしたちは、本当に人間なのでしょうか。
その疑問の答えを得るために、この小説を書いてみることにしました。
書き終えた後で、その答えが得られたら幸いです。


平成20年3月9日   新 田  論


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