第四十三章 イエス・キリストの金言=新しい時間の考え方

“自分は健康である(音痴ではない)と思っている者が一番の病気(音痴)である”
“自分は病気である(音痴である)と自覚している者が一番健康である”
イエス・キリストの言葉ですが、現代人の大半は、この逆説的な表現を理解できないでしょう。
なぜなら、
イエス・キリストはエッセネ・スクールで学んだから、世間の常識とまるで逆さまの論理を展開するのですから。
エッセネ・スクールの教えの基本は、
暗闇が実在で、光は暗闇の不在概念である点です。
まさに、
“はじめにことば(光)ありき”のキリスト教と正反対です。
まさに、
イエス・キリストとキリスト教は逆さまなのです。
そして、
我々人間はキリスト教徒でなくても、キリスト教的、すなわち、宗教的教えを信じ込まされてきたわけです。
すなわち、
光が実在で、暗闇は光の不在概念であると信じ込まされてきたわけです。
その結果、
幸福が実在で、不幸は幸福の不在概念であると信じ込まされてきたわけです。
では、
健康が実在で、病気は健康の不在概念なのでしょうか?
それなら、
実在である健康は、このようなものであると示してほしいものです。
しょせん、
健康は病気でない状態だとしか言いようがないはずです。
まさに、
病気が実在で、健康は病気でない状態としか言いようがない。
それでも、
幸福が実在で、不幸は幸福の不在概念であると言えるのでしょうか?
それでも、
光が実在で、暗闇は光の不在概念であると言えるのでしょうか?
まさに、
“自分は健康である(音痴ではない)と思っている者が一番の病気(音痴)である”
“自分は病気である(音痴である)と自覚している者が一番健康である”
イエス・キリストの言葉は金言だったのです。
ところが、
我々凡夫がイエス・キリストを十字架に架けたのです。
まさに、
“悔い改めよ、さすれば、神の王国はそこにある”
“Repent and you will find the kingdom of god”
まさに、
“来た道に立ち戻れよ、さすれば、真理はそこにある”
まさに、
過去→現在→未来
から、
過去←現在→未来
から、
過去→現在←未来
へReturn(立ち戻るべき)です。
まさに、
イエス・キリストの金言=新しい時間の考え方に他なりません。