第三十八章 死の理解からはじめよう

“最後好ければすべて好し”
“最後悪ければすべて悪し”
人生の妙は一文字違いがなくなると、天(天国)と地(地獄)が同じになるほど微妙なタッチだ。
ここが一番大事なところだ。
ところが、
我々の人生は、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる羽目に陥っているのです。
つまり、
我々の人生は、
“最後悪ければすべて悪し”の人生です。
そこで、
そっくりそのまま、
“最後好ければすべて好し”の人生にすればいいのです。
そうしますと、
我々の人生は、
悩みも四苦八苦もない、挙句の果ての、待ち望んだ死の喜びの一生の羽目に陥るのです。
先ず、
“死の恐怖”から“待ち望んだ死の喜び”に変えることです。
そして、
それは我々ひとり一人の考え方次第で可能です。
なぜなら、
“どうなるのかわからないものはどんなことでも悩む”
“どうなるかわかるものはどんなことでも悩まない”
そして、
どうなるかわかる(確定している)誕生(始点)と死(終点)と『今、ここ』(各点)では悩まないのが本当の話なのですから。