第二十二章 未来を自由自在にする

未来とは円回帰運動の終点に他ならない。
従って、
確定している未だ来ぬ未来とは終点である死ぬ時だけだ。
まさに、
未だ来ぬ未来なのに、死が確定している所以である。
まさに、
新しい『未来』の概念の誕生である。
そして、
一瞬後、1秒後、1分後、1時間後、一日後、1週間後、1ヶ月後、一年後・・・は確定している未だ来ぬ未来ではなく、現在という概念(円周という映像)に過ぎなかった。
まさに、
変えることが不可能なのは、終点という未だ来ぬ未来=死だけである。
そして、
それ以外の未来はすべて変えることが可能である。
言い換えれば、
変えることが可能なら、それは未来(終点)ではなく現在(円周)である。
まさに、
新しい『未来』の概念の誕生に他なりません。
そうしますと、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる我々の人生の中の半分を占めている未来の出来事に対する取り越し苦労は解消されます。
そうしますと、
差別・不条理・戦争を繰り返す我々の人生の中の半分を占めている未来の出来事に対する取り越し苦労は解消されます。
そうしますと、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会を繰り返す我々の人生の中の半分を占めている未来の出来事に対する取り越し苦労は解消されます。
そうしますと、
宗教と科学に翻弄される我々の人生の中の半分を占めている未来の出来事に対する取り越し苦労は解消されます。
そうしますと、
男性(オス)社会ゆえ発生する我々の人生の中の半分を占めている未来の出来事に対する取り越し苦労は解消されます。
まさに、
新しい未来の概念の誕生によって、これからの未来を自由自在にすることができるのです。