第二十一章 過去を洗い浚いする

過去とは円回帰運動の始点に他ならない。
従って、
確定している過ぎ去った過去とは始点である誕生時だけだった。
まさに、
新しい『過去』の概念の誕生である。
そして、
・・・一年前、1ヶ月前、1週間前、一日前、1時間前、1分前、1秒前、一瞬前は確定している過ぎ去った過去ではなく、現在という概念(円周という映像)に過ぎなかった。
まさに、
変えることが不可能なのは、始点という過ぎ去った過去=誕生だけである。
そして、
それ以外の過去はすべて変えることが可能である。
言い換えれば、
変えることが可能なら、それは過去(始点)ではなく現在(円周)です。
まさに、
新しい『過去』の概念の誕生に他なりません。
そうしますと、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる我々の人生の中の半分を占めている過去の出来事への後悔から発生した持ち越し苦労は解消されます。
そうしますと、
差別・不条理・戦争を繰り返す我々の人生の中の半分を占めている過去の出来事への後悔から発生した持ち越し苦労は解消されます。
そうしますと、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会を繰り返す我々の人生の中の半分を占めている過去の出来事への後悔から発生した持ち越し苦労は解消されます。
そうしますと、
宗教と科学に翻弄される我々の人生の中の半分を占めている過去の出来事への後悔から発生した持ち越し苦労は解消されます。
そうしますと、
男性(オス)社会ゆえ発生する我々の人生の中の半分を占めている過去の出来事への後悔から発生した持ち越し苦労は解消されます。
まさに、
新しい過去の概念の誕生によって、今までの過去を洗い浚いできるのです。