第二十章 瞬間=現在 & 一瞬=『今、ここ』

過去とは円回帰運動の始点に他ならない。
まさに、
新しい『過去』の概念の誕生である。
現在とは円回帰運動の円周に他ならない。
まさに、
新しい『現在』の概念の誕生である。
未来とは円回帰運動の終点に他ならない。
まさに、
新しい『未来』の概念の誕生である。
そこで、
我々は過ぎ去った過去を取り返すことは不可能と思ってきました。
そんな過去とはどんな代物なのでしょうか?
一瞬前、1秒前、1分前、1時間前、一日前、1週間前、1ヶ月前、一年前・・・そして、誕生時までが過ぎ去った過去の正体でした。
また、
我々は未だ来ぬ未来を引き寄せることも不可能と思ってきました。
そんな未来とはどんな代物なのでしょうか?
一瞬後、1秒後、1分後、1時間後、一日後、1週間後、1ヶ月後、一年後・・・そして、死ぬ時までが未だ来ぬ未来の正体でした。
そして、
誕生時、一年前、1ヶ月前、1週間前、一日前、1時間前、1分前、1秒前、一瞬前という過ぎ去った過去と一瞬後、1秒後、1分後、1時間後、一日後、1週間後、1ヶ月後、一年後・・・そして、死ぬ時という未だ来ぬ未来の間にある「この一瞬」を現に在する現在と思ってきました。
まさに、
一瞬前という過ぎ去った過去と一瞬後という未だ来ぬ未来の間にある「この一瞬」を現に在する現在と思ってきました。
果たしてそうなのでしょうか?
一瞬前と一瞬後の間は一瞬なのでしょうか?
そうではありません。
一瞬前と一瞬後の間は瞬間であって、一瞬ではありません。
すなわち、
現在とは瞬間であって、一瞬は『今、ここ』なのです。
言い換えれば、
瞬間という現在は、一瞬前と一瞬後の間という概念に過ぎないのです。
一方、
一瞬という『今、ここ』は、一瞬前と一瞬後の間の深淵に他ならないのです。
平たく言えば、
誕生時、一年前、1ヶ月前、1週間前、一日前、1時間前、1分前、1秒前、一瞬前という過ぎ去った過去と1秒後、1分後、1時間後、一日後、1週間後、1ヶ月後、一年後・・・そして、死ぬ時という未だ来ぬ未来とは地続きになっておらず、その間には深淵という底なしの谷間である『今、ここ(一瞬)』が横たわっているのです。
従って、
一瞬前と一瞬後の間を繋げている瞬間という現在など存在し得ないのであって、存在するのは深淵という底なしの谷間である『今、ここ(一瞬)』なのです。
ところが、
我々は科学者によって、過去→現在→未来へと一方通行に流れる心理学的時間の矢を、宇宙論の三本の時間の矢の一本と信じ込まされてきました。
つまり、
過去→現在→未来は繋がっていると信じ込まされてきました。
まさに、
過去、現在、未来は繋がっていなかったのです。
更に、
現在などなく、在るのは『今、ここ』だった。
従って、
確定している過ぎ去った過去とは誕生時だけだった。
確定している未だ来ぬ未来とは死ぬ時だけだった。
その間にある・・・一年前、1ヶ月前、1週間前、一日前、1時間前、1分前、1秒前、一瞬前は確定している過ぎ去った過去ではなく、現在という概念(円周という映像)に過ぎなかったのです。
その間にある一瞬後、1秒後、1分後、1時間後、一日後、1週間後、1ヶ月後、一年後・・・は確定している未だ来ぬ未来ではなく、現在という概念(円周という映像)に過ぎなかったのです。
そして、
現在という概念(円周という映像)の根元にあるのが、『今、ここ』という点に他ならなかったのです。
まさに、
変えることが不可能なのは、始点という過ぎ去った過去=誕生
変えることが不可能なのは、終点という未だ来ぬ未来=死
まさに、
未だ来ぬ未来なのに、死が確定している所以です。
それ以外の過去も未来も変えることは可能である。
まさに、
過去とは円回帰運動の始点に他ならない。
まさに、
新しい『過去』の概念の誕生である。
現在とは円回帰運動の円周に他ならない。
まさに、
新しい『現在』の概念の誕生である。
未来とは円回帰運動の終点に他ならない。
まさに、
新しい『未来』の概念の誕生である。