第七十一章 明治以降の天皇家

日本の首都が東京になったのは明治維新以降で、それまでは京都が日本の首都でした。
現在では「京都」は固有名詞になっていますが、もともとは普通名詞で、首都とも呼ばれていました。
京都=首都であったわけです。
その理由は、天皇の所在を示す高御座(たかみくら)が京都御所に安置されていることから由来しており、現在でも高御座(たかみくら)は京都御所に置いたままです。
「万葉集」にもそのことが謡われています。
「高御座(たかみくら)」とは天皇の玉座のことであり、大極殿、または、紫宸殿に安置し、即位・朝賀・蕃客引見などの大きな儀式(大礼)の際に天皇が座し、現在でも即位の礼に用います。
旧皇室典範にも「即位ノ礼及大嘗祭ハ京都ニ於テ之ヲ行フ」とありますから、現在でも日本の正式の首都はまさしく京都であるはずです。
孝明天皇から引き継いだ明治天皇が江戸に行幸した際にも、飽くまで、行幸であり、京都に環幸する予定だったのに、明治天皇は江戸城に居座ってしまった結果、爾来、江戸城が御所に済し崩しになってしまっただけです。
この済し崩しが公には認められていません。
その証拠に、東京遷都の詔勅が未だに発布されていないのです。
では、一体如何なる理由で、こんな済し崩しが続けられているのでしょうか。
そのヒントは、現在の皇居の中に楠木正成の銅像にあることは間違いないでしょう。