第六十六章 滅私の大切さ

悪意が人間最大の業病であり、錯覚が人間最大の持病である結果、人間ひとり一人の中により大きな脅迫観念が台頭したのが現代社会です。
第六十一章でお話しましたように、生き物には自分固有のスペースを必要とする特性がありますが、それは宇宙の法則に則しているからです。
星と星の間の距離が保たれなければ、星同士は衝突して共に消滅してしまいます。
宇宙の法則では対消滅と言って、正物質と反物質が衝突すると、両方共消滅してしまいます。
消滅しないためには、お互いの距離を一定に保っておく必要があるのです。
人間も同じで、二人の人間の一定の距離が保てなくなると、消滅の危機が及ぶと怖れる。
人口が増え過ぎると、人間ひとり一人の中により大きな脅迫観念が台頭してくる根拠がここにあります。
しかし一方で、自己の消滅が至福の境地の一瞥を与えてくれるという功的側面があります。
それが愛の正体です。
人間ひとり一人の中に愛情の萌芽があれば、自己の消滅が本当の自己の発見に繋がり、本当の自己の発見こそが至福の境地であり、愛の悦びが得られるのです。
その為には、二人の人間の距離をゼロにすることが必要になります。
愛する恋人同士が裸になって抱き合うのは、性的欲望の発露では決してありません。
二人の間の距離をゼロにすることで、お互いの自己を対消滅させることを無意識の中で理解しているからです。
真の愛情とは自己の滅私に他ならないのです。
身内が死んで哀しむ自己の消滅こそが真の愛情なのです。
「滅私」を大事にした仏教に聖徳太子が惹かれたのは当然の成り行きだったのです。