第六十四章 人間最大の業病=悪意

人間社会で古今東西、老若男女、一貫した錯覚があります。
それは善意という錯覚です。
聖徳太子の最も偉大だった点は、このことに気付いていたことです。
釈迦でさえも、この点には気付きませんでした。
唯一、イエス・キリストだけが気付いていたことですが、それだけに、聖徳太子はイエス・キリストのコピーとも言えます。
イエス・キリストは間違いなく実在した人物です。
聖徳太子は本当に実在したかどうか疑わしい点が多くあり、その中でも最も疑わしい点は、子供の頃(精々、16才まで)の像しか残っていないのです。
何れにしても、聖徳太子の十七条憲法制定は、現代社会にも通じる奇跡的な業績でしょう。
現代日本の高級官僚の傲慢ぶりは、まさしく、聖徳太子が十七条憲法で戒めしたものであり、一万円札に聖徳太子を掲載した大蔵省(現財務省)の高級官僚は、悪意の塊だと断言してもいいものです。
まさに、大蔵省(現財務省)高級官僚は、イエス・キリストを十字架刑にした、パリサイ人律法学者と言っても過言ではありません。
人間社会で為されていることは悉く悪意に基づいています。
つまり、
人間の潜在意識に潜んでいるものは、決して、善意ではなく、悪意であることを肝に銘じておく必要があります。