第六章 「万世一系」という騙り

紀元前660年に初代神武天皇が即位して以来、第125代今上天皇、すなわち、平成天皇まで、連綿と直系の血脈が継がれていると言われている日本の天皇家のことを、「万世一系」と尊称され、日本国民の誇りとなっています。
「万世一系」の天皇家がなぜ日本国民の誇りであるのか、もうひとつよくわかりません。
“そう思わされてきた”、つまり、独裁国家維持のためのプロパガンダに過ぎなかっただけであるのが実体でしょう。
国民ひとり一人が真実そう思っているのか甚だ疑問であります。
問題は「万世一系」が果たして事実なのか。
独裁国家維持のためのプロパガンダに過ぎなかったかどうかの決め手は、「万世一系」が事実であるかどうかに掛かっていると言っても過言ではない。
天皇家の皇祖は天照大神であり、天照大神が祭ってある伊勢神宮が本宮であります。
奈良時代、つまり、平城京の最後の天皇は称徳女帝であり、平城京終焉の引き金になった有名な「道鏡事件」を起こした張本人であります。
称徳女帝が坊主の弓削道鏡に現を抜かし、挙句の果てに、道鏡を次の天皇にすると言い出した。
困り果てた朝廷は、和気清麻呂を大分の宇佐八幡宮に事の是否の伺いを立てに行かせた。
結果は「否」と出て、称徳女帝は失脚して、天武王朝系は絶たれ、天智王朝系の白壁皇子が第49代光仁天皇となり、その子供である山部皇子が第50代桓武天皇となり、平安京が開かれることになるわけです。
天皇家の本宮である伊勢神宮に伺いを立てずに、なぜ八幡宮の本宮である宇佐八幡に伺いを立てたのか。
八幡宮の主人は、先に述べました仁徳天皇の父である第15代応神天皇と、祖母である神功皇后ですが、祖父の仲哀天皇は祭られておらず、代わりに、家来の武内宿禰(たけしのうちのすくね)という人物が主祭神並に祭られている。(京都の石清水八幡宮では、武内宿禰(たけしのうちのすくね)は応神天皇・神功皇后と同格で祭られている)
武内宿禰(たけしのうちのすくね)は葛城(かつらぎ)・巨勢(こせ)・平群(へぐり)・紀(き)そして蘇我氏の高祖と「記紀」は伝えています。
第15代応神天皇の父親は、第14代仲哀天皇と「記紀」で主張されている一方で、応神天皇が生まれたのは神功皇后が朝鮮出兵した船の中で、その時、仲哀天皇は既にこの世にいなかったと、同じ「記紀」で述べられているという矛盾が露呈している。
第14代仲哀天皇の父が、今の九州の熊本にいた先住民・熊襲(くまそ)を退治し、駿河では草薙の剣で難を逃れたが、伊勢の能褒野(のぼの)で没した話で有名な日本武尊(倭建命‐ヤマトタケルノミコト)であります。
つまり、八幡宮の主人である第15代応神天皇と、伊勢神宮の主人である天照大神の直系子孫である第14代仲哀天皇とは血の繋がりはないわけです。
「道鏡事件」で朝廷が、伊勢神宮に伺いを立てずに、八幡宮の本宮である宇佐八幡に伺いを立てた理由(わけ)は、第15代応神天皇が皇祖であると認めている証左であり、「万世一系」が騙りである証左でもあります。