第五十九章 「人民」の重み

民が頽廃すると国は滅ぶ。
歴史の定説であります。
聖徳太子の十七条憲法で言うところの「百姓」が民のことです。
民は、国民ではなくて、人民なのです。
民主主義の根幹である「主権在民」の民は人民のことであり、被支配者のことであります。
冷戦を終結させた最大の事件はベルリンの壁の崩壊でしたが、ドイツ人民の手でベルリンの壁は崩壊したのです。
1989年10月9日、ベルリンの壁が崩壊するちょうど一ヶ月前に、ベルリンの南方150Kmにある音楽の父バッハやゲーテの生誕の地・ライプチッヒで7万人の民衆が集結して反政府デモが行われた。
政府側軍隊との衝突もない非暴力を訴えたデモだったのですが、その時彼らが叫んだスローガンが“人民のため”だった。
つまり、国家の主人は政府ではなく人民だと訴えたのです。
政府側軍隊の兵士たちも、デモ隊の側につき、一滴の血も流さずデモを終わらせたため、その後、東ドイツ全土で同じデモが拡がっていき、1989年11月9日のベルリンの壁崩壊へと突き進んでいったのです。
同じ年に中国の北京天安門で、デモ隊の多くの学生たちが政府軍隊の発砲で死んでいった事件と対照的です。
「人民」という言葉の重みをドイツ人はわかっていたが、中国人はわかっていなかったのでしょうか。
もう一度「人民」という言葉の重みを感じることが、今の日本には必要な気がします。
それにつけても、聖徳太子の十七条憲法の「百姓」という言葉が印象的であります。