第五十八章 聖徳太子の復活

聖徳太子の冠位十二階とは、大徳と小徳・大仁と小仁・大礼と小礼・大信と小信・大義と小義・大智と小智の十二段階に分けられたものです。
冠位と言っていますが、現代用語では品位・品格と言い換えてもいいのではないでしょうか。
聖徳太子の時代には、「品位」という言葉は天皇家だけに与えられた「位(くらい)」で、それ以外の者には冠位と言っていました。
人間の品位・品格を指していることに変わりはありません。
人間の品位・品格において、最も高貴な品位・品格は「徳」にあって、「智」は最も低い品位・品格であったわけです。
現代において死語になってしまった「聖職者」こそが、「徳」を持った人たちであり、「智」は現代では「知力」のことであり、大きな意味では「体力」のことであり、徳・仁・礼・信・義・智は人間が生きていく上での役に立つ順位だと言えます。
現代社会で法外な収入を得ている映画スター、芸能人、プロスポーツ選手といった連中は、「智」に相当する品位・品格の持ち主であり、まったく世の中の役に立たないというわけではないですが、「徳」を持った聖職者に比べるべくもないわけです。
ところが、現代社会では、「聖職者」が死語になってしまい、最も低い品位・品格である「智」の映画スター、芸能人、プロスポーツ選手がもて囃されている始末で、極端にバランスの崩れた社会になっています。
氏姓社会であった聖徳太子の時代の日本では、「天津神」と「国津神」という二種類の神さま(先祖)がいると信じられていて、世の中が平穏無事な時は「天津神の世」と言われ、世の中が物騒有事な時は、「国津神の世」と言われてきました。
聖徳太子の時代はまさに、物騒有事な「国津神の世」であったから、冠位十二階や十七条憲法を制定したのです。
現代日本社会もまさに、物騒有事な「国津神の世」になっています。
聖徳太子の復活が望まれます。