第五十二章 聖徳太子の紙幣の意味

明治天皇は、光明天皇のお子で、母君は中山慶子という方で、后は一条美子という方です。
ところが、光明天皇の后は九条夙子という方です。
大正天皇は、明治天皇のお子で、母君は榊原愛子という方で、后は九条節子という方です。
昭和天皇は、大正天皇のお子で、母君は大正天皇の后である九条節子という方で、后は久爾宮良子、良子(ながこ)皇太后です。
平成天皇(今上天皇)は、昭和天皇のお子で、母君は昭和天皇の后である久爾宮良子、良子(ながこ)皇太后であり、后は正田美智子、美智子皇后です。
昭和天皇、平成天皇(今上天皇)は、天皇・皇后の間のお子でありますが、大正天皇、明治天皇は、皇后のお子ではない、つまり、妾腹のお子であったわけです。
明治維新以降にも、天皇家の系列に異変が起きていたのではないのかという疑問の一つにこの点が挙げられます。
皇居の楠木正成の銅像が完成したのは明治33年で、住友財閥がグループ内の住友銅山で産出した銅でつくり、宮内省に寄付されたものです。
明治維新から、日清戦争を勝利し、日露戦争に突入しようとしていた時期に当たります。
この時期に、天皇家の系列に異変が起きたのではないかということが想像できます。
そして、それから、四半世紀を過ぎた、昭和のはじめに、聖徳太子の紙幣が登場した。
何か因縁がありそうです。