第五十章 明治以降の天皇家

聖徳太子は第二十六代・継体天皇の直系曾孫に当たる方であり、第二十六代・継体天皇は第十五代・応神天皇の五代孫に当たる方であり、第十五代・応神天皇は第十四代・仲哀天皇が世におられない時代に神功皇后が朝鮮出兵の船の上で生まれた方である故に、母君に「初代」を意味する「神功」という諡号が与えられたとすると、日本建国の英雄として名高い日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の直系孫に当たる第十四代・仲哀天皇の血を引いていないこの系列は一体何処から来たのでしょうか。
現在の天皇家は天智天皇系と言われています。
京都伏見にある泉涌寺が天皇家の菩提所であり、通称「御寺(みでら)」と呼ばれていますが、泉涌寺には、歴代天皇の位牌が安置されているのですが、天武天皇系、つまり、平城京(奈良)時代の天皇の位牌だけが欠けていることが、その証明になります。
聖徳太子は天武天皇系であるのに対して、現在の天皇家は天智天皇系であることは明白です。
平城京(奈良)から平安京(京都)に遷都した桓武天皇は天智天皇系であり、平成天皇(今上天皇)が数年前に、“祖先である桓武天皇の母君は百済の姫君だった”とマスコミを通じて我々国民に公表されたからです。
聖徳太子が聖人扱いされはじめたのは明治時代になってからであり、江戸時代までは悪人扱いされていたという事実があります。
飛鳥時代、奈良時代までが天武天皇系(聖徳太子系)であり、平安時代から江戸時代までが天智天皇系であり、明治以降は天武天皇系である筈です。
だから、聖徳太子が昭和の初めから1984年までの高額紙幣の「顔」として君臨していたのです。
明治維新以降にも、天皇家の系列に異変が起きていたのではないでしょうか。
その鍵を握っているのも聖徳太子なのです。