第四十五章 仏教と景教

宗教は、必ず時の支配者と結託してきた。
支配者も、必ず時の宗教と結託してきた。
人間社会だけに支配者が発生した原因は、「オス社会」にあります。
「メス社会」である自然社会には、支配者(ボス)は存在しません。
一見ボスに見える「オス」は、種の提供と外敵と戦う役目に過ぎません。
人間社会だけに、種の提供と外敵と戦う役目を負う「オス」が支配者に変貌していったわけです。
支配者がいれば、必ず、被支配者が生まれ、支配・被支配二層構造の差別社会が出現します。
そこに「死の概念」、つまり、“自分も必ずいつか死ぬ”ことを知った「オス社会」の人間社会は、世襲・相続の慣習をつくりだしていきます。
そんな支配者と結託したのが宗教なのです。
「オス社会」、「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度」、「宗教」で構成するトライアングルでつくり上げられたのが人間社会に他ならないのです。
中国を初めて統一した秦始皇帝は、晩年、不老長寿の薬を本気で追い求めます。
天下をはじめて統一した彼には、世襲・相続の概念がまだなかったため、一度得た天下の座を未来永劫持ち続けたかった。
だから、本気で死ぬことを避けようとしたわけです。
いわゆる、「徐福伝説」です。
徐福は、不老長寿の薬が本当にあるかのごとく、秦始皇帝をそそのかして、国外逃亡を図り、日本に逃げ延びてきた。
日本では、自ら、秦始皇帝の末裔と称した。
日本にやって来たと言われる「徐福」こそが、秦始皇帝の末裔と自負する秦一族の祖先ではないでしょうか。
聖徳太子の側近中の側近と言われた秦川勝はその子孫です。
そして、秦一族が信仰していたのが、景教、つまり、原始キリスト教だったのです。
中国や日本で、イェルサレム教団が景教になったのではないでしょうか。
いずれにしても、日本に仏教を広めた人物と称せられる聖徳太子と、その側近である秦川勝が景教を信仰していて、この二人の人物の仲を取り持つのが弥勒菩薩というのは解せない話であります。