第四十章 架空の人物

日本の公式歴史書は「記紀」、つまり、「古事記」と「日本書紀」であります。
「日本書紀」は聖書を真似して書かれた気配があり、聖徳太子はイエス・キリストがモデルであることはまず間違いないでしょう。
聖徳太子は、厩(うまや)で生まれたことから、厩戸皇子(うまやどのみこ)と呼ばれた。
イエス・キリストは馬小屋で生まれた。
聖徳太子は、救世観音像や弥勒菩薩像を自ら彫ったと言われている。
イエス・キリストは救世主だったと言われている。
聖徳太子は、天然痘患者の庶民を抱き上げて、その病を治した。
イエス・キリストは、らい病患者の庶民を抱き上げて、その病を治した。
聖徳太子の教えが、その後の日本という国家建設の礎となった。
イエス・キリストの教えが、その後のローマ帝国の国教となった。
数えあげれば際限が無いほど、二人の共通点が出てきます。
時代背景から、日本書紀が聖書を真似たことは間違いない。
では何故、日本の公式歴史書が聖書を真似なければならなかったのか。
そのためには、イエス・キリストの出自を検証しなければなりません。
イエス・キリストは大工ヨハネとマリアの間で生まれましたが、祖先はユダヤの高祖ダビデ王に繋がっています。
更に、ダビデ王はモーゼに繋がり、モーゼはヘブライ人の高祖アブラハムに繋がり、アブラハムは人類の高祖アダムに繋がっている。
つまり、イエス・キリストも聖徳太子も人類の祖先に繋がっているというわけです。
この背後にいかなる意図があるのか、歴史の最大の動機が垣間見えるように思えます。
イエス・キリストも聖徳太子も架空の人物であったのでしょう。