第四章 物部一族

京都の丹後半島に、丹後の国一の宮である籠神社という元国弊中社があります。
官弊大社でもない小さな神社なのに、宮司家の「海部(あまべ)氏系図」は国宝に指定されているのです。
「海部(あまべ)氏系図」は昭和51年6月に、現存する日本最古の系図として国宝に指定されました。
「海部(あまべ)氏系図」は、平安時代初期の貞観年中に書寫された祝部系図(本系図)と、江戸時代初期に書寫された勘注系図(丹波国造本記)とで構成されています。
本系図は、始祖・彦火明命(ヒコホアカリノミコト)から平安時代初期に至るまで、縦一本に世襲した直系の当主名と在位年月だけを簡潔に記した宗主系図であり、竪系図の最も古い形を伝えたものと云われています。
各当主名の上に押された二十八ヶ所にも及ぶ朱印は、今まで未解明であったが、昭和62年夏、色分解による解析写真撮影で印影が浮かび上り、これを解読して『丹後国印』の文字であることが判明したのです。
これによって、当系図は海部氏が私的に作成したものでなく、これを作成の後に、丹後国庁に提出して認知を受け、更にそれを大和朝廷に差し出した本系帳の副本であることが証明され、国家公認のものとしてその権威が一段と高まったのです。
一方、海部(あまべ)氏勘注系図は、始祖・彦火明命(ヒコホアカリノミコト)以来平安期までの系譜が厳密に記載され、これに当主の事績を始め、兄弟等の傍系に至るまで詳細な注記が付されていて、その中には他の古記録では失われている古代の貴重な伝承も含まれていると云われ、学界の注目を浴びています。 
元伊勢の創祀以来の祀職である海部(あまべ)氏は、神代以来血脈直系で世襲し、大化改新以前は丹波国造であったが、その後祝部となり、現宮司に至り八十二代と伝えられています。
この海部家が、物部一族の末裔であり、他に尾張一族、諏訪一族も物部一族の末裔であり、そのルーツは出雲にあったのです。
物部守屋こと突厥人・阿波が、高麗から南下して出雲の宍道湖に辿り着き、更に東へ移動し、丹後半島に足跡を残した末裔が海部であり、更に東へ移動したのが尾張と諏訪であり、突厥人・阿波自身は大和まで南下して来た。
ヤマタノオロチ退治伝説で有名な須佐乃男命と物部守屋がラップしてきます。
日本の隠された歴史の一端を垣間見るような気がしてなりません。