第三十八章 聖徳太子の影

日本の歴史には大きな偽りがあります。
直近の偽りの歴史では、明治維新がそうであり、この偽り劇は遥か日本の公式歴史書である「記紀」にまで繋がっているのです。
長崎の「グラバー邸」で有名なトーマス・グラバーが明治維新に大きく関わっていたことは周知の事実であり、土佐の郷士・坂本龍馬は長宗我部の末裔、つまり、京都太秦を拠点にした秦一族であることは疑いのない事実であります。
彼らが一本の糸で繋がれていることは想像に難くありません。
スコットランド・アバディーン州で沿岸警備隊の一等航海士トーマス・ベリー・グラバーとメアリーの間の8人兄弟姉妹の5番目として生まれたトーマス・ブレーク・グラバーは、1859年、上海に渡りジャーディン・マセソン商会に入社し、その後、開港後まもない長崎に移り、2年後にジャーディン・マセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立し、薩摩・長州への武器商人として暗躍した。
明治維新後も造幣寮の機械輸入に関わるなど明治政府との関係を深めたが、武器が売れなくなったことや諸藩からの資金回収が滞ったことなどで1870年(明治3年)グラバー商会は破産するが、官営の高島炭鉱の実質的経営者として日本に留まります。
1881年、官営事業払い下げで、三菱の岩崎弥太郎に高島炭鉱の買収を勧め、自ら所長として経営に当たり、三菱財閥の相談役としても活躍し、経営危機に陥ったスプリング・バレー・ブルワリーの再建参画を岩崎弥太郎に勧めて、後の麒麟麦酒(キリン・ビール)の基礎を築いた人物です。
トーマス・グラバーはスコットランド系フリーメイソンで、グラバー邸内にはフリーメイソン特有のマークを今でも見ることができます。
フリーメイソンにはスコットランド系と大陸系の二つがあり、大陸系はパリに本部があって、19世紀後半に有名な「ユダヤ議定書」が書かれた所です。
つまり、明治維新とは聖徳太子の右腕として暗躍した秦川勝の末裔たちが演出した茶番劇であったのです。
6世紀から19世紀という1300年の時空を超えたシナリオが連綿と受け継がれた歴史芝居であったと言えるでしょう。
聖徳太子没後、一族を法隆寺で滅亡させた蘇我入鹿が、645年に中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣(藤原)鎌足によって暗殺され大化の改新が成立した時、それまでの日本の歴史書が蘇我氏によってことごとく焼かれました。
日本の歴史を復活するという目的で、中大兄皇子(後の天智天皇)の弟である大海人皇子(後の天武天皇)が編纂を指示して書き上げられた「記紀」、つまり、古事記と日本書紀が今日の日本の公式の歴史書となったわけですが、余りにも嘘偽りに塗り潰された歴史書であります。
そして、明治維新前後の日本人は大きく変わっていきます。
現在、我々が住んでいる日本という国は、明治維新前の日本とはまったく別の日本であることを、殆どの日本人が知らないのです。
当時、「旧い日本」から「新しい日本」に秘密裏に変わっていたのです。
聖徳太子の影が1300年以上、この日本という国を覆っているのです。