第三十七章 日本の歴史の化けの皮

聖徳太子は六世紀から七世紀に掛けて活躍した政治家です。
今から1500年近く前の人物であることを鑑みますと、人類がつくった文明と人間の質とは正比例しないことがわかってきます。
文明とは厳密に言えば、知的文明のことであり、古代・中世文明の申し子と言えば宗教であり、近代文明の申し子は科学であります。
知的とは宗教的であり、科学的であるわけで、知性とは宗教であり科学に他ならないわけです。
そうしますと、人間の質は知性と何の相関関係もないということになります。
聖徳太子のモデルになったイエス・キリストは大工の息子で、自分も父親の大工の仕事を手伝いしていたほどで、知性の人とは到底言えません。
西洋の賢者の知性レベルは大したことがない。
イエス・キリスト、モハメッド、ゾロアスターたちが典型です。
こういった賢者たちは、一般大衆のために生きました。
東洋の賢者の知性レベルは非常に高い。
釈迦、マハヴィーラたちが典型です。
こういった賢者たちは、支配者階級の人たちでした。
西洋と東洋は、現代と正反対の社会様相であったわけです。
そういった中で、聖徳太子の存在は際立っています。
天皇を継ぐ皇太子の身でありながら、一般大衆のために生きました。
十七条憲法にそのことが明確に表われていることは先にお話した通りです。
聖徳太子自身だと言われている救世観音像や弥勒菩薩像は、まさに一般大衆のための救世主に他なりません。
そのような人物が支配者階級の典型である天皇家から輩出するでしょうか。
聖徳太子の実在こそが、偽りの日本の歴史の化けの皮を剥がすヒントであることは間違いないでしょう。