第三十六章 蛙の面に小便の政治家・役人

二十一世紀の世界はグローバル化(Globalization)が進むと言われています。
地球のことを(Globe)と言います。
つまり、人間社会も地球化が進むというわけです。
ところが、世界情勢は地球化(Globalization)どころか、国家意識、民族意識、人種意識がますます高じていて、反地球化(Anti- Globalization)が進んでいます。
皮肉にも地球温暖化(Global warming)といった地球環境問題(Global environment issue)が二十一世紀に入って噴出することで、その証明をしているようです。
国連やサミットでこういった問題をいくら論議しても、国連やサミット自体の目的が反地球化(Anti- Globalization)に外ならないのですから、却って事態はますます悪化することは必定です。
国連やサミットとは、自国の利益を確保するための会議なのですから、まさに、国家意識、民族意識、人種意識の高じた、反地球化(Anti- Globalization)活動に外なりません。
本当に地球化(Globalization)を実現したいのなら、国連やサミットを止めてしまうことが第一歩です。
前回のドイツサミットで、ドイツ国民が反対運動を展開し、政府と衝突騒ぎが起きましたが、ドイツ国民の意識レベルの高さを物語っています。
サミットを日本で開催したら、日本国民挙ってお祭り騒ぎをすることは予想に難くありません。
国民の意識レベルは、どうやら、古今東西、老若男女に関係せず、ひとり一人の資質に関わっているようです。
現に、今から1400年以上も前の時代でも、聖徳太子のような意識レベルの人物も輩出していたのです。
憲法改正問題を論議するなら、先ず、聖徳太子の十七条憲法を検証してみることが肝要だと思われます。
役人の天下り問題など、聖徳太子からすれば、蛙の面に小便のような話なのです。