第三十二章 モーゼの律法でもある十七条憲法

旧約聖書の「出エジプト記」でモーゼが神から多くの「神の掟」を授かります。
「律法」と言うのですが、現代では「憲法」や「法律」と言ってもいいでしょう。
その中に、“二人の主人を持つ奴隷は自由である”という律法があります。
古代ローマ帝国でも、この律法を踏襲して「ローマ法」に採用しています。
聖徳太子の十七条憲法の中の第十二条にこうあります。

“国に二君非(な)く、民に両主無し”
“国家に二人の君主はなく、人民にとって二人の主人はいらない”

聖徳太子は旧約聖書やローマ法のことを知っていたのです。

「十一に曰く
 明らかに功過を察し、賞罰必ず当(ただし)くせよ。日者(このごろ)、賞は功に在(お)いてせず、罰は罪に在(お)いてせず。事を執(と)るの群卿、宜しく賞罰を明らかにすべし」

(現代解釈)
功績や過ちを公明に調べて、それぞれ賞罰当を失わぬようにせよ。近頃、功もないのに賞し、罪もないのに罰するようなことが行われている。当局者は賞罰を明らかにせよ。

「十二に曰く
 国司・国造(くにのみやつこ)、百姓より斂(おさ)めること勿(なか)れ。国に二君非(な)く、民に両主無し。率土(そっと)の兆民、王を以って主となす。任ずるところの官司は、みなこれ王臣なり。何ぞ敢えて公の与(ため)に百姓を賦斂(ふれん)せむや」

(現代解釈)
地方官や地方祭祀は、勝手に人民から税をとりたててはならない。国家に二人の君主はなく、人民にとって二人の主人はいらない。日本中の人民は天を王とすべし。
任ずるところの役人はみな天の僕なり。国司や国造が公職にある身を以って私事のために徴税してはならない。