第三十章 信用の大切さ

大徳、大仁、大礼、大信、大義、大智。
小徳、小仁、小礼、小信、小義、小智。
「冠位十二階」の中で、「智」が一番下に位置します。
「智」よりも「義」が上であり、「義」よりも「信」が上にあります。
現代流に言えば、「知識・知恵」よりも「義理」の方が大事であり、「義理」よりも「信用」の方が大事であるわけです。
ところが、現代日本社会は、目先の利益ばかりに囚われて、人間同士の些細な約束事を平気で破る「小知識・小知恵」ばかり働く輩ばかりです。
商売は信用が第一であるという昔の格言などどこ吹く風で、目先の利益ばかり追い掛けている。
こんな連中は、たとえ商売でも絶対に成功しません。
況んや、人生の成功など到底無理な話です。
大事な約束より、些細な約束を先ず守ることです。
それが「(大)信」である、そのことを聖徳太子は第八条と第九条で訴えているのです。

「八に曰く
 群卿百僚、早く朝(ちょう)して晏(おそく)退(ひ)け。公事鹽(おろそか)にする靡(な)かれ。終日にても尽くしがたし。是を以って、遅く朝すれば、急なるに逮(およ)ばず、早く退けば、必ず事尽くさず」


(現代解釈)
諸臣は朝早く出勤して、日暮れて退出するように心がけよ。官の仕事というものは、おろそかにできないもので、一日中かかっても、なかなか尽くせるものではない。
故に朝おそく出勤したのでは、満足に事務の処理のできようはずがなく、また早く退庁するようでは、必ず仕事がし尽くせず、職務怠慢となる。

「九に曰く
 信はこれ義の本なり。事毎に信あれ。其れ善悪成敗は、要、信にあり。群臣共に信あれば、何事か成らざらむ。群臣信なくんば、万事悉く敗れむ」

(現代解釈)
信があって義が立つのである。何事にも、すべて信がなければならない。善悪とか成功失敗は、要するに、この信があるかないかによって決まるものである。群臣たがいに信があったならば、何事も必ず成就しないことはない。群臣に信なければ、万事失敗である。