第二十五章 新しい日本

我々は宗教というものを勘違いしてきたようです。
キリスト教徒は世界に21億いると言う。
イスラム教徒は世界に14億いると言う。
ユダヤ教徒は世界に2500万いると言う。
聖書を基本教義とするこれら三つの宗教の信者がおよそ36億いるわけです。
仏教徒は世界に4億いると言う。
神道は日本人1億3000万すべてと言ってもいいでしょう。
何故なら、結婚式は大概、神前式でするからです。
仏教徒も日本人1億3000万すべてと言ってもいいでしょう。
何故なら、葬式は大概、仏式でするからです。
各国の発行する入国カードに「宗教」の欄があり、日本人の大抵は「仏教」と書いている。
総人口1億3000万人しかいない日本の宗教法人の届け出・信者総数が2億3000万を超すという。
我々日本人にとって宗教とは一体何なのか。
「広辞苑」では下記のように説明している。
“神または何らかの超越的絶対者、あるいは卑俗なものから分離され禁忌された神聖なものに関する信仰・行事。
また、それらの連関的体系。
帰依者は精神的共同社会(教団)を営む。
アニミズム・自然崇拝・トーテミズムなどの原始宗教、特定の民族が信仰する民族宗教、世界的宗教すなわち仏教・キリスト教・イスラム教など、多種多様。
多くは教祖・経典・教義・典礼などを何らかの形でもつ。”
宗教とは、果たしてここに説明されている通りのものなのだろうか。
どんな情報でも即座に入手できる現代社会においても、宗教は相も変わらず、上記のような曖昧模糊な説明しか出来ないのだろうか。
聖徳太子の意図が何処にあったかは別として、宗教の本質に迫っているように思えてなりません。
宗教の本質とは、一部限られた人間が、支配・被支配二層構造の人間社会構築・強化のための具体的方策・実質的方便にあり、圧倒的多数の被支配者のための精神的支柱などでは決してなく、況してや、我々一般大衆、つまり、被支配者側の救済など及ぶべくもないところにあるのです。
渡来人や帰化人が跳梁跋扈した飛鳥時代の日本は、原日本人の支配者が支配手段としたアニミズム・自然崇拝・トーテミズムなどの原始宗教と、渡来人や帰化人が持ち込もうとしたキリスト教や仏教が激しく鍔迫り合いをし、「新しい日本」が誕生しようとした時代なのです。