第二十四章 神道=仏教=キリスト教

日本の歴史を単独で検証することは大きな誤謬を生む。
イエス・キリスト=聖徳太子として扱われていたことは100%間違いない真実である。
この二つの問題を、少なくとも歴史を面で観ればどういう結論が導き出されるでしょうか。
その為には、歴史の時系列優位性に焦点を絞る必要があります。
つまり、古い話の方が優先されるわけです。
火の無いところに煙は立ちません。
聖徳太子は仏教を日本に定着させた偉い人物である。
これが定説です。
定説は概ね誤説であります。
一方、イエス・キリストは十字架に架けられて死んだが復活した。
当時の多くの人はイエス・キリストの復活を信じていた。
中国に景教として広まった原始キリスト教ネストリウス派の人たちも、イエス・キリストの復活を信じていた筈です。
インドでも、中国でも、そして、日本でもイエス・キリストの復活を信じて止まなかった人たちがいた筈です。
聖徳太子の重臣であった秦川勝は敬虔な景教徒でした。
彼にとっては聖徳太子は復活したイエス・キリストに違いなかった筈です。
ところがもう一人の重臣であった司馬達等(鞍作村主‐くらつくりのすぐり)にとっても聖徳太子は復活したイエス・キリストに違いなかった筈です。
更に、隋に対して連合して戦った戦友・阿波、つまり、物部守屋にとっても聖徳太子は復活したイエス・キリストに違いなかった筈です。
神道=仏教=キリスト教であり、その原点にはイエス・キリストがいた。
国宝第一号である広隆寺の弥勒菩薩こそが復活したイエス・キリストに他ならないのです。
弥勒とは中国語であり、インド・サンスクリット語ではマイトレーヤ、古代アラム語(古代ヘブライ語)ではメシア、古代ギリシャ語(ラテン語)ではキリストと呼ばれた救世主のことであります。