第二十三章 歴史観の警鐘

日本の歴史を単独で検証することは大きな誤謬を生むことになる。
聖徳太子という存在は、そのことに警鐘を鳴らしているように思えてなりません。
地球上の単なる一生物に過ぎない人類なのに、そもそも人間だけの歴史なんてあり得るわけがなく、地球の歴史の中の一頁としての人間の歴史である筈です。
年号の記憶力だけを問う、歴史を点で観ることしかできない学校教育の歴史から真実の歴史の検証など思うべくもなく、歴史上の出来事の関連性を問う、歴史を線で観る現実の人間社会の錯覚症状が極致に達している現代人間社会に今こそ望まれるのは、少なくとも、世界の中の日本として歴史を問う、歴史を面で観ることであり、更に、地球規模や宇宙規模の歴史の中で日本の歴史を問う、歴史を立体で観ることが二十一世紀の人間に与えられた課題であり、その縁が聖徳太子の存在ではないでしょうか。
聖徳太子とイエス・キリスト。
この二人の聖人を、キリスト教圏世界の話と一島国の話として無視することは、余りにも線的歴史観の短絡さではないでしょうか。
紀元5世紀頃に書かれたと云われる新約聖書が、紀元6世紀から7世紀の聖徳太子の日本に伝来していた可能性は十分にあります。
現に、聖徳太子の重臣であった秦川勝は景教(原始キリスト教ネストリウス派)の信者であったわけですから、イエス・キリストの物語である新約聖書は間違いなく聖徳太子の時代に伝わっていた筈であり、線的・面的繋がりがなくても、お互い呼応するように展開される軸の時代的発想でなくても、点的歴史観においても呼応しているわけです。
真実とは、真相とは、点、線、面、そして立体的歴史観が呼応したことに限るのであって、そういう観点から鑑みても、イエス・キリスト=聖徳太子として扱われていたことは100%間違いない真実であります。