第十二章 天皇家の血

聖徳太子は、聖書を参考にしたイエス・キリストの日本人版だった。
そうだとすると、聖徳太子とは実在の人物ではなかったのではないか、という疑惑が当然浮かび上がってくると同時に、何故イエス・キリストの日本人版を捏造しなければならなかったのという疑問も湧いてきます。
第15代応神天皇の出自も疑わしい点があることは前述しましたが、「記紀」では、応神天皇が仲哀天皇と神功皇后との間の子でないことをごまかし切れず、神功皇后を恰もイエス・キリストを生んだ聖母(処女)マリアのごとき扱いをすることによって、家来の武内宿禰(たけしのうちのすくね)との間の不倫によって生まれた子であることを包み隠そうとした気配が窺われます。
京都の石清水八幡宮には、応神天皇が第14代仲哀天皇とその后・神功皇后との間の子ではないことを認めている文言が堂々と本殿の柱に貼られてあり、家来の武内宿禰(たけしのうちのすくね)が主祭神並に扱われていて、更に聖書から引用された聖母伝説を神功皇后に当て嵌めているらしいと、神社関係者の発言がある点をどう解釈するのか大きな問題であります。
聖書には旧約聖書と新約聖書があり、旧約聖書は多くの識者によって古代ヘブライ語で書かれたものを紀元前4世紀頃に編纂されたものであり、新約聖書は十二使徒の一人ペテロやその後のパウロ他多くのキリスト教徒によって紀元32年、つまり、イエス・キリストが十字架に架けられた年から紀元90年頃、つまり、ユダヤという国がローマ帝国によって滅ぼされた時期の間にバラバラに書かれたもので、それらの書物が紀元2世紀から3世紀の頃にラテン語(古代ギリシャ語)でやはり編纂されたものです。
応神天皇の在世時期は紀元5世紀前半であり、聖徳太子の在世時期は紀元6世紀中葉から紀元7世紀前半でありますから、新旧約聖書がその頃に日本に伝わっていた可能性は十分あります。
では何故そのような伝説を捏造する必要があったのでしょうか。
一つは応神天皇の出自の問題を如何にごまかすか。
一つは聖徳太子が渡来人であったことを隠す目的。
まさに、日本の天皇家が「万世一系」であることを貫き通すための騙り以外に有り得ない。
昭和天皇が「現人神」から人間宣言した太平洋戦争敗北後の1952年に、ジャーナリスト大宅壮一が記した「実録・天皇記」では、万世一系の天皇家は、オスの血を維持するために、メスの畑を荒らし回り、その間に密輸されたオスの血が荒らされた畑に進入した歴史であると看破しています。
そのためには、聖書の話も悪用する、その中から、日本人版イエス・キリストである聖徳太子が捏造されたのではないでしょうか。