17.タイ王国 & イラン王国

現在のタイ王国は、アユタヤー王朝(1350年〜1767年)、トンブリー王朝(1767年〜1782年)を経て、現在の王朝であるチャクリー王朝(1782年〜 現在)へと変遷している。
現王朝の初代王ラーマ1世(チュラーローク将軍)は、1782年(日本では徳川幕府第十代将軍徳川家冶統治下の田沼意次の時代)に首都をトンブリーからバンコクに移したため、バンコク王朝とも呼ばれ、また、バンコクの非常に長い正式名称にも含まれているタイの守護仏の名から、ラッタナーコーシン王朝とも呼ばれる。
現王朝の初代王ラーマ1世はチュラーローク将軍とよばれた元軍人であり、現ブミポン国王は九代目のラーマ9世にあたる。
ラーマ4世は、自由貿易の推進、仏教の改革などを行った、映画『王様と私』のモデルにもなった名君である。
ラーマ6世が王位を継承すると絶対王制への批判が生じはじめ、1912年3月初め、立憲制・共和政を望む青年将校らによるクーデター計画が発覚した。
ラーマ7世が即位したあと、1932年には人民党によるクーデターが勃発し、絶対君主制から立憲君主制へと移行した。(民主革命、立憲革命と呼ばれる)
第二次世界大戦終結後、国王ラーマ8世は王宮内で他殺体となって発見されたが、真相は究明されず、現国王ラーマ9世が即位した。
戦後も日本に対して友好的な交流を続けており、戦争中に設けた日本への借財を割り引くなどしている。
このタイ王国と似ている王国が、嘗てのイランのパーレビ王朝である。
ペルシア・コサック旅団の軍人レザー・ハーンは1921年にクーデターを起こした後、1925年にレザー・シャーとして皇帝に即位し、カージャール朝に代わってパーレビ朝が成立した。
初代皇帝レザー・シャーは軍事力を背景に中央集権化を進め、近代国家形成を目指して法制などを西欧化する改革を行い、1928年には不平等条約の撤廃に成功した。
第二次世界大戦で、レザー・シャーは英ソによる支配からの脱却を目指して親ナチス・ドイツ政策に転換したが、逆にイラン進駐を招いて失脚。
1941年9月16日、第2代皇帝モハンマド・レザー・シャーが即位したが、1979年のイラン革命によって失脚し、その後、イラン・イスラム共和国(Islamic Republic of Iran)になって現在に至っている。
いわゆる易姓革命によって誕生した国家の運命は、再び、易姓革命によって消滅するか、若しくは、純粋革命によって共和制国家に移行するかのどちらかの道しか選択肢はないのであることを暗示しているのである。