1.東京と京都の不気味な現象

今でも正式の日本の都は京都である。
君主制国家を敷いている限り、専制君主制であろうが、立憲君主であろうが、君主、すなわち、国家元首の公式宣誓書(日本では勅語)が要るからである。
世界の体勢である共和制国家なら、国家元首の大統領の名の下に憲法に宣言されていなければならない。
戦後(太平洋戦争敗戦後に占領軍(GHQ)によってつくられた)日本の憲法(現憲法)でも、首都は東京であると明言されていない。
今でも日本の首都は京都である、憲法を改正しない限りは・・・。
京都は平城京(現・奈良)から平安京(現・京都)に遷都された西暦794年から現在に至るまで1200年以上、日本の首都であり続けた。
一方、
東京は徳川家康が関ヶ原の合戦で勝利した西暦1600年以来400年以上、日本の中心であり続けた。
1200年対400年の差こそあれ、京都と東京は独自の文化を育んできた。
名古屋辺りから東側の日本(今後「関東」と呼ぶ)と西側の日本(今後「関西」と呼ぶ)では、あらゆる面で対称的に違う文化を持つ。
和食文化の代表である麺(そば・うどん)の汁(つゆ)の違いはその中でも有名である。
関西では薄味の汁(つゆ)であるのに対して、関東では醤油味の汁(つゆ)である。
寿司の代表格の「にぎり寿司」はもともと江戸前寿司と呼ばれているだけに、関東の寿司伝統が「にぎり寿司」であるのに対して、関西の寿司は「箱寿司」であるように。
ところが、
その境界が昭和時代の後半あたりからなくなってきたのである。
そして、
21世紀に入ると、ある一部の地域を除いて、境界が完全になくなってしまったのである。
この現象は一体何なのか?
端的に表現すれば、
一億総日本人が金太郎飴化してしまったのである。
世界に目をやっても、
70億総人類が金太郎飴化してしまったのである。
この現象は一体何なのか?
まことに不気味な現象である。