(その七) お金の本来性

お金というものを、もっとよく理解することが大切であります。
お金は力志向の破壊的な想いが具象化したものであります。
力とか権力というものは、強烈な破壊性を、その本質からして有しています。
何故なら、力を有している者は、他者の力を奪うことで無力にし、その力の保有性を示すわけであって、他者の力を奪い無力にするということは、他者を破壊することに外ならないのであります。
このことを理解するには、お金の流れをよく知ることです。
お金というものは、沢山ある所に集中して行きます。
資本主義の原則のように思われていますが、共産主義であっても、社会主義であっても、お金は、沢山ある所に集中して行きます。
従って、この法則は資本主義の十八番では決してないのです。
それは、お金そのものの本来性にあるのです。
女には女の本来性がある。凹の形なのに凸を求めても無駄なことです。
男には男の本来性がある。凸の形なのに凹を求めてもこれも無駄なことです。
お金には、お金の本来性があるのに、やれ資本主義やら共産主義だと喚いても無駄なことなのです。
それでは、お金の本来性とは何か。
搾取するということが、お金の本来性であり且つ本質であるのです。
お金には、単位があります。
1円、10円・・・1億円・・・・
10円は1円が10個集まったものです。
1億円は1円が1億個集まったものです。
この集まるという行為が搾取であるのです。
お金とは単位をつけるからお金であります。
単位をつけると、小さな川から大きな川へ流れて最後には大海に流れ出るように、お金も、小さな流れから大きな流れへとどんどん流れて行きます。
それが搾取の搾取たる所以であります。
搾取するとは、奪うことです。
奪う行為は破壊的行為であります。
従って、お金のある所には必ず破壊行為が生まれるのです。
欧米先進世界の人々は、成功すると、つまりお金持ちになると、必ず寄付行為をします。
搾取という破壊行為をした罪意識の懺悔であるのでしょう。
ここに、キリスト教世界の偽善性と独善性が隠れているのです。
更に、お金の持つ破壊性は、お金を所有する者をも破壊してしまう自虐性があることです。
つまり、お金の本来性である搾取という行為には、搾取する側も、搾取される側も破壊してしまう性質を持っていることに気がつかなければなりません。
「富裕論」という本で書きましたが、貨幣制度が人間社会を崩壊させてしまうのです。
まさに、お金は魔物であるのです。
麻薬と同じで、魅きつけられるものがあるのです。
しかし、その魅力とは破壊性であることを認識しなければなりません。
麻薬撲滅運動をやればやるほど、麻薬中毒者は増えていく。
人間には、破壊性という自虐行為に魅かれる性癖があるようです。
快感と破滅とは、どうやら表裏一体のものであるようです。
この性癖から如何に脱却できるか、難しい問題でありますが、破壊性はどんどん進行しているようです。
「心の旅の案内書」で書きました詩を最後に紹介しておきます。


どぶネズミの暴走

いちばん うしろから ついていく どぶネズミが 前のに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
前のどぶネズミは 前が 走っているから ただ ついて行くだけ と言った
だけど、気になるので その前の どぶネズミに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
その前のどぶネズミも おなじ 返事をしたが 気になった
そして 前のどぶネズミに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
とうとう 一番前のどぶネズミのところまできた
一体どこに向かって走っているのだろう
先頭を走るどぶネズミは だれにも 訊ねることができない
うしろからついてくるから ただ 走っているだけ と答えた
その答えが 一番うしろのどぶネズミに 伝わった
そりゃあー ないだろう と言った 途端
前の どぶネズミたちは 断崖から まっさかさま
ただ 一匹 そのどぶネズミは 呆然と立ちつくして
ああ 一番うしろでよかった

(参考)心の旅の案内書 〜 罪と罰