金持ちはますます肥え太り
貧乏はすっからかんになる
The rich get more
The poor lose everything

極貧の者だけである
罪のないのは
Only the destitute are innocent

金を貸すことはない
利息をつけて返す人には
金を与えてあげなさい
返すめどがまったくない人には
Do not give your money to one who repays with interest
Give your money to one who won’t repay at all

やさしい
ラクダが針の穴を通る方が
金持ち(富者)(Mammonist=拝金主義者)が神の王国に入るより
It is easier for camels to enter the eyes of a needle than for riches to enter the Kingdom of God

「宗教は阿片だ」はカール・マルクスの著作「ヘーゲル法哲学批判序説」ではじめて登場した言葉であり、決して共産主義思想の原典である彼の「資本論」によってではない。
ところが、宗教と阿片を結びつける表現は当時の思想家にとってはそれほど珍しいものではないほど、宗教の詐欺性を当時の識者は気づいていた。
この言葉が有名になったのは、ロシア革命の創始者レーニンが問題にしたからで、マルクス・レーニン主義がその後の共産主義思想の核になっていった所以であり、以降の世界が共産主義思想=「宗教は阿片」と誤解してきただけで、当時の「阿片」は麻薬ではなく、鎮痛剤の一種程度に捉えていたことを忘れてはならない。
従来の歴史区分法である(古代奴隷時代→中世封建時代→近代民主義時代)を(原始共産制→古代奴隷制→封建制→資本主義制→共産主義制)に変えたマルクスの唯物史観では、社会の下部構造(労働者層=プロレタリアート)が上部構造(資本家層=ブルジョアジー)を規定するように、宗教もまた社会の矛盾と一般大衆の苦難の訴えが反映された上部構造の一部と捉えていたことから来ていることも決して忘れてはならない。
そうしないと、真の共産主義思想を理解できないし、その結果、社会主義思想と共産主義思想を同一視するという間違いの基になる。
だから、「冷戦」の歴史の誤謬が起こったわけであり、唯物史観の主張である、共産主義は資本主義のより進化した形態であることを理解できない。
より進化した思想に基づく共産主義社会がなぜ資本主義社会に敗北するようなことが起こったのかの理由がここにあったわけで、「冷戦」は未だ終結していないと主張する新田歴史観の所以だ。
「宗教は阿片だ」と主張したマルクスにとって宗教は、単に一般大衆の無知を正せば消え去る無根拠な空想ではなく、社会の下部構造(労働者層=プロレタリアート)の矛盾という現実の存立基盤を持った社会の上部構造(資本家層=ブルジョアジー)の一部に他ならなかったからである。
平たく言えば、宗教は一般大衆(被支配者側)の苦難を救済してくれるものでは決してなく、国家権力(支配者側)と与したしょせん支配者側に過ぎなかったわけだ。
宗教団体が営利民間企業と同じ集金マシーン化している所以がここにある。
従而、社会矛盾の是正への希望をマルクス主義に見出したキリスト教徒も当時は少なくなく、ローマ・カトリックも第二バチカン公会議(1962〜1965)において、共産主義への姿勢を穏やかなものに変えたことを忘れてはならない。
第二バチカン公会議(1962〜1965)を開催したヨハネス23世の功績だが、やはり、歴史は個人の資質によって大きく変わるもので、組織によって歴史は変わるものではない証だろう。
歴史観の基本は個人の歴史観であることが、歴史の真理に他ならない。