政治家・役人・教育者・医者・宗教者といった人たちが聖職者としていた嘗ての時代は質を重視した時代であったと言える。
日本では、戦前から戦後20年つまり東京オリンピックから大阪万国博覧会の頃までは、聖職者たる政治家・役人・教育者・医者・宗教者がまだいた時代である。
それまで日本人の平均月収が7〜8万円以下であったのが、数年間のうちに30万円近くまで跳ね上がった頃だ。
世界的には、1971年のニクソン・ショックまでの時代で、その後の世界は量ばかりを追求するようになって行き、1985年にニューヨークのプラザ・ホテルで開催されたG5で決議された所謂プラザ合意によって、世界は一気に拝金主義へと転げ落ちて行った。
1985年のプラザ合意に呼応するように、日本ではバブル経済が発生した。
1971年のニクソン・ショックとは、紙幣つまりお金が金(Gold)に交換できないことを宣言した出来事で、その後の日本では石油ショックと言われ、トイレットペイパーまで買い占められたモノ不足の時代に突入して行った。
1985年のプラザ合意とは、ドル紙幣が紙切れであることを宣言した出来事で、日本では紙切れの日本円を追いかけるマネーゲームが発生し、バブル経済が起こった。
モノを追求し、やがて金を追求して行く先に待ち受けている終着駅が、拝金主義であるのは当然の結果である。
拝金主義は、それまで聖職であった職業をすべて堕落した金儲けの商売に変えてしまった。
拝金主義に陥った嘗ての聖職者である政治家・役人・教育者・医者・宗教者たちと共謀したのがマスコミであり、マスコミの極みがテレビであり、インターネットであり、今や二十一世紀に入った日本は一億総拝金主義者に成り下がってしまった。
聖書の中に、“ソドムとゴモラ”の話がある。
唯物主義と拝金主義に陥った結果、酒池肉林の世界に堕落したソドム−ソドム(Sodom)の町の名前からsodomy=男色、獣姦という意味の言葉が生れた−の町の人々は、神の怒りに触れて滅ぼされてしまう話だが、まさに現代日本社会はソドムの町の様相そのものである。
地震・台風といった天災が異常に発生しているのは神の怒りなのか。
神の怒りを鎮めるには、我々ひとり一人が、聖職者たちの復活を求める想いを持つようになることが不可欠。
何故ならば、神と対話できるのが聖職者たる所以であるからだ。